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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第七章 大人になり損ねた子供たち
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洞窟から見える夕日

「町はずれのおばあさん、亡くなったらしいよ」

「最近、ほんと多いわね……」

 井戸端で、女たちがひそひそと噂を交わしていた。

 村に、疫病が流行りはじめていた。

 最初は咳と微熱だった。だがすぐに、熱は引かず、皮膚は斑にただれ、意識すら奪われていく。

 この村は小さく、病院は遠い。薬も、人手も、何ひとつ足りなかった。

 そんな中、誰かがぽつりと口にした。

 ――生贄を捧げれば、病は鎮まる。

 ――昔も、そうしていた。

 ――神に捧げた家は、守られる。

 最初は笑い話だった。だれもが、そんな馬鹿げた迷信を相手にしなかった。

 だがある晩、誰かの娘が密かに“差し出された”という噂が広がった。

 するとその家の病人が、翌朝には快復したという声が村中を駆けめぐった。

 どの娘だったのか、どの家だったのか、誰も確かめようとしなかった。

 ただ、不安と恐怖は、人を簡単に信じさせる。

 翌朝には、二人目の生贄の話が出た。

 今度は、村の外れで使われていた名もなき子どもだった。顔すら知られていない子だった。

 病は止まらず、噂だけが“真実”のように育っていった。

***

「……お父さんも、お母さんも、もうダメみたい」

 ある日、メイが泣きながらユイの家にやってきた。

 メイの家にも、ついに病が忍び込んだのだ。

 母が倒れ、父も静かに衰弱していく。

 いつもは強がっていたメイの声が、今にも壊れそうだった。

 ユイは、そっとその背中に手を置いた。

***

「ユイ、夕日を見に行こう」

 数日後、メイがふいに言った。

 村の近くの祠がある洞窟では、夕日がきれいに見えることで知られていた。

「あそこって、変な言い伝えなかったっけ? 振り返っちゃダメとか」

「うん。でも……お母さん、夕日が好きだったの。もう見に行けないから、絵に描いて、見せてあげたいなって」

 そう言って、メイはスケッチブックをぎゅっと抱きしめた。

「メイ、絵、下手じゃん」

 ユイは少し笑いながら言った。

「だから、一緒に描いてあげよ」

***

 ユイが目にした光景は、夕日の赤ではなかった。

 光る水晶。

 白を基調とした長衣をまとう神職たち。

 深緋の古びた絹に身を包んだ巫女たち。

 鈴の音が、洞窟の天井に反響していた。

 儀式を見守る村人たちは、皆、顔を白布で覆っていた。

 中央には、銀色の羽織をまとい、顔を隠した子ども――「カガミ様」が座っていた。

 炎があちこちに焚かれ、洞窟の中を不気味な赤で染めていた。

「……なに、これ」

 呆然と立ちすくむユイの背後から、メイの声が聞こえた。

「今までの生贄、奴隷の子だったから……効かなかったんだって」

 落ち着いた口調。でも、奥底に何かが揺れていた。

「良い家の血を引く子を差し出した家は、神に守られるって……そう聞いたの。ユイのお父さん、村長の親戚でしょ? 」

 意味が分からなかった。いや、分かりたくなかった。

 まさか。メイが、そんなことを――

「……もう誰も、いなくなるのは嫌だったの」

 メイの言葉と同時に、ユイはゆっくりと振り返る。

 そこには、苦しそうに眉をひそめたメイがいた。

「……ねぇ、どういうこと? 夕日、描きに行こうよ」

 ユイは震える声で問い、メイの両腕をつかんだ。

 メイは、目を閉じ、ユイの手をそっと握り返す。

 そして、静かに言った。

「……振り返っちゃ、ダメだよ」

 その言葉と同時に、メイはユイの手をほどいた。

***

 レイは、遠くから誰かの言い争う声を聞いていた。

「……なんでお前はいつも、見てるだけなんだよ」

 怒鳴り声に、脳が揺さぶられる。まぶたの裏にまだ重たいものが貼りついている感覚のまま、レイはゆっくりと意識を浮上させた。

「だから。だからこうして、不穏なものを察知したら眠らせられるようにしてるって、何度も言ってるじゃない」

「遅ぇんだよ……いつも。こうなったあとじゃ、意味ねぇだろ」

 重なり合う怒りと苛立ちの声。その中心に、カナメとナオの姿があった。

 レイが目を開けたとき、二人の視線が一瞬こちらに向いた。

「……起きたか」

 そう言ったのはナオだった。感情の温度が読めない声だった。

「……!」

 次の瞬間、カナメがレイの腹を蹴り上げた。

「……っ!?」

 息が詰まり、反射的に体を折る。

「カナメ!やめろ!」

「だめ!落ち着いて!」

 すぐにタクミとヒナが止めに入る。

「……お前は……!」

 カナメはなおも何かを言おうとした。だがそのまま、言葉を呑み込んで、ぎり、と歯を噛みしめた。

 その目には、怒りだけじゃない、何か別の色も混ざっていた。

 レイは、まだ朦朧とした頭で、周囲を見回した。

 ――ユイの姿は、もうなかった。


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