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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第七章 大人になり損ねた子供たち
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あいまいな約束

 見張り役が何周か回ったとき。レイはユイに向き直って問いかけた。

「ナオは……来ないのか?」

 ユイは微かに笑った。その笑みは、子どもじみていて、どこか悪戯っぽい。けれど、どこか空虚な印象もあった。

「ナオは“大事な時”しか来ないよ。そういうものなの」

 答えになっているようで、なっていない。

「それより、クラスのシンとノノって友達なんでしょ? いいなぁ。私にはそういうの、いないから」

 ユイはレイの手の届かない距離で、誰かの幻を撫でるように声を落とした。

「私もね、友達いたのよ。レイに似た子。頭良くて、可愛い女の子だったの」

 窓の外に差す夕日を見ながら、ぽつりと続けた。

「一緒に夕日見に行こうって、約束してたの……でも、結局行けなかった」

 ユイの声は次第に沈んでいく。

「私、思ったより、大事にされてなかったみたい」

 そこには恨みでも怒りでもなく、ただひとつの傷があった。静かで、乾いた、それでも消えない傷。

 レイはユイの寂しさに気づいた。誰かに“選ばれたかった”という、あまりにも人間的な祈りに。だから、そそのかすように言った。

「……行こう、夕日を見に」

 ユイは少し驚いたように目を見開いたあと、ゆっくりと困ったような笑みを浮かべた。

「私、あいまいな約束は嫌いなんだ」

 声が震えていた。我ながら悪い提案だとレイは感じた。こんなふうになることは何となく察せていたはずだ。小さな子供をだますような悪手に、少し自己嫌悪に陥る。

「ちゃんと叶えてくれないと、本当じゃないと……いやだよ」

 言いながら、ユイはポケットから小さな鍵を取り出し、レイの手錠に手を伸ばす。

 そのときだった。

 部屋の扉の隙間から、白い“煙”がうっすらと流れ込み始めた。

 レイはその煙を知っていた。あのとき意識を奪われた、あの煙。

「……っ!」

 フォークを隠し持っていた手が震え、指の間からそれが滑り落ちた。

 カラン、と音を立てて床を転がる。

 ユイがびくりと肩を揺らした。目を見開き、唇が震える。

「……嘘、ついたの?」

 震える声。立ち込める煙が止まって見える。

「私、信じたのに……レイは“あの子”と同じだ……」

「違う、俺は――!」

 レイは叫ぼうとしたが、煙が濃くなり、視界が歪む。

 倒れかけたレイの向こうに、ゆっくりと歩く影が見えた。

 ナオだった。真っ白な靴音が静かに響く。

 その隣には、睨むように立つカナメの姿。

 倒れていく意識の中で、レイはユイの顔を見た。

 あれは――涙だったのか。

 その隣で、ナオが、微笑んだような気がした。

***

 その村には、学校は一校しかなかった。全校生徒が三十名に満たない、小さな学校。クラスもひとつだけ。

 それでも、仲間外れや小さないじめは、どこにでもあった。

「…ねえ、ユイちゃん。一緒にいてくれる?」

 何度目かもわからないお願いに、ユイは静かにうなずいた。

 誰かが疎まれるたびに、ユイは“逃げ場所”として声をかけられる。けれど時間が経てば、標的が変わり、その子たちは離れていく。

 ユイには、友達と呼べる子がいなかった。

 古くから続く家柄の娘として、いじめこそなかったが、誰からも一歩引かれて接されていた。

 そんなときだった。

 そんなときだった。

「…転校生のメイさんです。みんな仲良くしてね」

 ショートカットの少女が、教室に入ってきた。大きな瞳と、どこか冷静なまなざし。

 音もなく歩くその姿は、高貴な猫のようで、ユイは目を奪われた。

「じゃあ、あそこの後ろの右側の席、ユイさんのとなりね」

 そう言われたメイは、ためらうことなく隣に腰を下ろした。

「私たち名前似てるのね」

 ふっと笑ったその顔に、ユイは心を奪われた。この子と、友達になりたい。

 心の奥で、初めて強く――そう、祈った。


***

 その日を境に、ユイの世界は少しずつ光を帯びていった。

 メイと過ごす時間は、特別だった。誰かと笑いあうだけで、こんなにも心が温かくなるのだと、ユイははじめて知った。


 ある日の帰り道、メイが唐突に言った。

「ユイは、怒っていいと思うよ」

 その声には珍しく熱がこもっていた。クラスメイトたちの、ユイに対する扱い――それは露骨ないじめではないが、都合のいい存在として利用するような距離の取り方だった。

「ユイの気持ちなんてお構いなしで、勝手に甘えて……ずるいよ、あの子たち」

 ユイは、そんなふうに怒ってくれる人がいることに、ただ驚いていた。そして、純粋にうれしかった。

 今まで誰にも、そんなふうに自分のために声を上げてもらったことなどなかった。

 母からも、友達からも。

「私、メイと友達になれて……よかった」

 そう笑うユイに、メイはまっすぐに答えた。

「私は、ユイを裏切らないよ」


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