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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第七章 大人になり損ねた子供たち
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それぞれの思惑

 教室の窓際。

 ヒナは、何をするでもなく、ただ座っている。

 ぼんやりと、陽射しを受ける顔に、感情の影は見えない。

 レイは隣に腰を下ろし、そっと問いかける。

「……退屈じゃないか?」

 ヒナは少し首をかしげた。

「んー、そうかなあ……まあ、別に」

「…変なルールばっかだよな。廊下で振り向くなとか……」

 レイは何かヒントがないか話し続ける。ヒナは曖昧に笑う。

「うん、変かもしれないけど……そんなもんじゃないかな」

 レイは眉を寄せる。

「まあ、ほら、学校以外の世界も割とこんなもんでしょ?意味のわかんないルールだらけなんだから……世界はここだけじゃないんだしね」

 その話し方には、何か含みがある。カナメのような愛着や哀しみではなく、もっと乾いた、無機質ないい含み。

「じゃあ……お前は、それでいいのか?」

 ヒナは笑ったまま、少しだけ遠くを見る。

「うーん……それはみんなに聞いてみないと。 特にナオの言うことは絶対だから」

 手遊びをするようにヒナはくるくると人差し指を回した。

「……お前たちだけ、なんでここで自由に動き回れるんだ?」

 ヒナは一拍おいてから、静かに答える。

「…自由に見えるんだね」

 ヒナの声が深く沈んだ。レイは何も返せなかった。

「しいていうなら………大人になりそこなったからだよ」

***

ノノがノートに何かを書き込みながら、ぽつりと言う。

「……おかしくない? “あの五人”、いつも動きがバラバラだよ」

「ああ。時間割どおりに動いてないな。そいつらだけ」

シンが時計を確認する。

「それに、毎日誰かが一人、教室にいない。タクミ、カナメ、ヒナ……順番に」

 ノノの手が止まる。

「……次、いないのは誰?」

***

「レイくん、ちゃんと食べてる? ほら、口、動いてないよ〜?」

 誰もいない薄暗い教室。レイは手足を縛られ、動けない。その横にぴったりと座るユイが、明るい声で話しかけてくる。

「ねえねえ、ちゃんと食べないとカナメに怒られちゃうよ? あの子、細かいんだから〜」

 お弁当のおかずの刺さったフォークをレイの口の前で振り回す。

 明るく笑いながら、ユイはひたすら喋り続ける。

 テンポの速い会話に、レイは口を挟む暇すらなかった。

「……お前の目的はなんだ」

 ようやくタイミングをつかみ、レイが訊いた。

 ユイはその瞬間、少しだけ黙った。 スプーンを止め、視線を落とす。

「うーん……」

 とても小さな声で、ユイは答える。

「……私は、みんなの目的なんて、どうでもいいんだ」

 その表情は、まるで捨てられた子どものようだった。

 悲しみに濡れた瞳で、ユイはつぶやく。

「レイくんは“あの子”に似てるから……好きだよ」

 少し首を傾け、フォークをくるくる回す。

「……でも……同じくらい、嫌い」

 ユイは眉をひそめたが、すぐにまた明るい顔に戻った。

「…早くご飯食べちゃお」

***

 シンとノノは再び保健室へと足を運んでいた。ナオとカナメの証言に食い違いがあることが、気になっていたからだ。

 トントンとドアをノックすると、「どうぞ〜」と明るい声が返ってくる。

 中にいたのは、思ったよりもずっと若い女性だった。年齢は、20歳そこそこに見える。長い黒髪を後ろでゆるく束ねている。

「こんにちは〜。どうしたの?」

「あの……この前の、レイ君のこともう少し聞きたくて。なにか忘れてないかなって」

女性は少し考えるように眉をひそめ、そして笑った。

「うーん、どうだったかな……でもね、あの日、カナメくんは……保健室、来てなかったわよ」

 一瞬、空気が止まる。シンとノノは顔を見合わせた。

「……でも、カナメがそう言ってました」

「そう。でも私は、見てないものは見てないから。嘘はつかないよ」

 にこりと微笑むその顔に、どこか違和感が残った。

「それにしても、最近よく来るわね。そんなに大事な友達なのかしら」

 問いかけるような声。ノノは答えずに、ただ小さくうなずいた。保険医は優しい笑みをこぼし、言った。

「カナメくんはね、本当は嘘が下手な子よ。それでもって誰よりも優しいわ」

 保険医は首にぶら下がったネックレスをそっと撫でる。

「どうか…誤解しないで頂戴ね」


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