それぞれの思惑
教室の窓際。
ヒナは、何をするでもなく、ただ座っている。
ぼんやりと、陽射しを受ける顔に、感情の影は見えない。
レイは隣に腰を下ろし、そっと問いかける。
「……退屈じゃないか?」
ヒナは少し首をかしげた。
「んー、そうかなあ……まあ、別に」
「…変なルールばっかだよな。廊下で振り向くなとか……」
レイは何かヒントがないか話し続ける。ヒナは曖昧に笑う。
「うん、変かもしれないけど……そんなもんじゃないかな」
レイは眉を寄せる。
「まあ、ほら、学校以外の世界も割とこんなもんでしょ?意味のわかんないルールだらけなんだから……世界はここだけじゃないんだしね」
その話し方には、何か含みがある。カナメのような愛着や哀しみではなく、もっと乾いた、無機質ないい含み。
「じゃあ……お前は、それでいいのか?」
ヒナは笑ったまま、少しだけ遠くを見る。
「うーん……それはみんなに聞いてみないと。 特にナオの言うことは絶対だから」
手遊びをするようにヒナはくるくると人差し指を回した。
「……お前たちだけ、なんでここで自由に動き回れるんだ?」
ヒナは一拍おいてから、静かに答える。
「…自由に見えるんだね」
ヒナの声が深く沈んだ。レイは何も返せなかった。
「しいていうなら………大人になりそこなったからだよ」
***
ノノがノートに何かを書き込みながら、ぽつりと言う。
「……おかしくない? “あの五人”、いつも動きがバラバラだよ」
「ああ。時間割どおりに動いてないな。そいつらだけ」
シンが時計を確認する。
「それに、毎日誰かが一人、教室にいない。タクミ、カナメ、ヒナ……順番に」
ノノの手が止まる。
「……次、いないのは誰?」
***
「レイくん、ちゃんと食べてる? ほら、口、動いてないよ〜?」
誰もいない薄暗い教室。レイは手足を縛られ、動けない。その横にぴったりと座るユイが、明るい声で話しかけてくる。
「ねえねえ、ちゃんと食べないとカナメに怒られちゃうよ? あの子、細かいんだから〜」
お弁当のおかずの刺さったフォークをレイの口の前で振り回す。
明るく笑いながら、ユイはひたすら喋り続ける。
テンポの速い会話に、レイは口を挟む暇すらなかった。
「……お前の目的はなんだ」
ようやくタイミングをつかみ、レイが訊いた。
ユイはその瞬間、少しだけ黙った。 スプーンを止め、視線を落とす。
「うーん……」
とても小さな声で、ユイは答える。
「……私は、みんなの目的なんて、どうでもいいんだ」
その表情は、まるで捨てられた子どものようだった。
悲しみに濡れた瞳で、ユイはつぶやく。
「レイくんは“あの子”に似てるから……好きだよ」
少し首を傾け、フォークをくるくる回す。
「……でも……同じくらい、嫌い」
ユイは眉をひそめたが、すぐにまた明るい顔に戻った。
「…早くご飯食べちゃお」
***
シンとノノは再び保健室へと足を運んでいた。ナオとカナメの証言に食い違いがあることが、気になっていたからだ。
トントンとドアをノックすると、「どうぞ〜」と明るい声が返ってくる。
中にいたのは、思ったよりもずっと若い女性だった。年齢は、20歳そこそこに見える。長い黒髪を後ろでゆるく束ねている。
「こんにちは〜。どうしたの?」
「あの……この前の、レイ君のこともう少し聞きたくて。なにか忘れてないかなって」
女性は少し考えるように眉をひそめ、そして笑った。
「うーん、どうだったかな……でもね、あの日、カナメくんは……保健室、来てなかったわよ」
一瞬、空気が止まる。シンとノノは顔を見合わせた。
「……でも、カナメがそう言ってました」
「そう。でも私は、見てないものは見てないから。嘘はつかないよ」
にこりと微笑むその顔に、どこか違和感が残った。
「それにしても、最近よく来るわね。そんなに大事な友達なのかしら」
問いかけるような声。ノノは答えずに、ただ小さくうなずいた。保険医は優しい笑みをこぼし、言った。
「カナメくんはね、本当は嘘が下手な子よ。それでもって誰よりも優しいわ」
保険医は首にぶら下がったネックレスをそっと撫でる。
「どうか…誤解しないで頂戴ね」




