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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第七章 大人になり損ねた子供たち
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反射と欠落

 シンとノノは教室を歩きながら、壁に貼られた時間割や備品の一覧表、黒板の記録を丹念に読み込んでいた。

「変なルールばっかり……」

 ふと、窓に映った教室の反射が視界に入る。

 そこに――明らかに、頭部が“抜け落ちた”人影が混ざっていた。

「……っ」

 ノノが息を飲む。

「今の……見えた?」

「……ああ、頭、なかった」

  どうやらシンにも見えていたらしい。その瞬間、背後から声がかかった。

「ねえ、今日、お昼一緒に食べてもいい?」

 ユイだった。いつの間にか、彼女は教室の入口に立っていた。

「い、いいけど……」

 ノノが応えると、ユイは嬉しそうに笑った。

***


 見張りが交代の時刻になった。タクミが教室を出ていく。教室に残ったのはカナメだった。制服の襟を崩し、無言で壁際に腰を下ろす。

 レイは、手首の痛みに眉をひそめながらも、カナメに話しかける。

「……話しても、いいか?」

 カナメは答えない。視線すら寄越さない。

「変なルールばっかだな、ここ。廊下は振り向くなとか、名前を呼ばれても返事するなとか。タクミにいたってはスケジュールに“未遂”ってメモまでするし……誰のための記録なんだ?」

 沈黙。カナメまるで誰もいないかのようにふるまうが、レイを意識してるのが感じ取れる。レイは続ける。

「お前は、従ってるって感じじゃないな。……それとも、従ってるフリか?」

 ようやく、カナメの口が開いた。

「……そんなおしゃべり、得意じゃないくせに、無理すんなよ」

 カナメの声は乾いていた。敵意よりも、警戒がにじんでいた。

 レイは笑った。

「お前が一番、話がわかるやつだと思ってるからな」

 カナメはわずかに目を細め、天井を見上げる。

「……お前みたいな浅はかなガキの頭、欲しがるなんてさ。ほんと、狂ってるよな」

 そして、ぽつりと続ける。

「ああ、そんなの最初からか」

 まるで、わざと何かを漏らすような口ぶりだった。

 そのとき、窓の反射がレイの目に入った。

 カナメの姿がガラス越しに映っている――いや、“映っていない”。そこにあるはずの頭が、たまに、ふっと抜け落ちるように消えるのだ。

 レイは思わず視線をそらす。その姿にカナメは静かに笑った。

「…もう限界なのに、往生際悪いよな。みんな」

***

「ここの学校、ちょっと変でしょ?」

 ユイは栗毛の二つ結びの毛束を揺らしながら言った。

「変どころじゃねえ、異常だろ」

 シンの無骨な言葉に、ノノは制止するように、ユイに質問した。

「…レイくんって知らない?一緒に転校してきたけど、いなくなっちゃって」

 ユイはサンドイッチを頬張ながら、少し目を細めた。

「…知らないなぁ、ふたりのおともだち?」

 先ほどまでの明るいトーンと違い、少し重たさが混じっていた。

「友達ではねえ」

「あはは…ともだちだよ」

 シンの言葉を訂正するようにノノが再び慌てて答える。

「…仲良しなんだね、いいなぁ」

 ユイは、羨ましそうに二人を眺めた。そして静かに続ける。

「私友達いないから、羨ましい」

「…一緒にごはん食べたら、割かし近いところにいると私は思うけど」

 さみしそうなユイにノノが返すと、ユイに笑顔が戻る。

「こうして二人とご飯食べられるの、すごくうれしい」

 そう言って、ユイはノノの手をそっと握った。

 そのとき、窓のガラス越しに映ったユイの姿――そこにも、“頭”はなかった。

***

 校舎の最上階。施錠された学長室。

 そこは、誰も踏み入ることのできない場所だった。ただ一人を除いて。

 部屋に入ると、ナオは素早く鍵をかけた。

 まるで、誰にも知られないようにするかのように。

 薄暗い室内。豪奢な椅子に、小さな、頭のない人影が静かに腰かけている。

 乾いた皮膚は張り付き、瞳孔はうつろに開いたまま。

 ――それでも、まるで「まだ何かを見ている」ようなその姿。

「……おまたせ、ナオ」

 ふ、と、空気がわずかに震えた。


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