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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第七章 大人になり損ねた子供たち
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廊下の向こう

 ナオに導かれ、レイは無言で廊下を歩いていた。


 異様に長い廊下だった。蛍光灯は等間隔で並んでいるのに、足元まで明るくはならない。まるで、光そのものが息をひそめているようだった。


 コツ、コツ……。


 靴音だけが、やけに大きく反響する。


 不意に、制服を着た誰かとすれ違う。


 ――その人影の“頭”だけが、窓に映っていなかった。


 一瞬で通り過ぎてしまい、レイには確かめようがなかった。


 ふと視線を壁に向ける。


 掲示物の数々が、すべて裏返されていた。白紙の裏面だけが見えるよう、丁寧にテープで四隅を留められている。何かを“読ませない”ための処置のようだった。


「……ここって、本当に学校か?」


 呟いた瞬間だった。


 何気なく振り返ろうとしたレイに、ナオがピタリと歩みを止める。


「――振り返っちゃダメ」


 低く、けれどはっきりとした声。


 それは耳元に風のように届いて、皮膚をぞくりと震わせた。


 ナオは表情を変えないまま、わずかに首を横に振った。 


 やがて、図書室の前にたどり着く。


 扉は木製のはずなのに、押してもびくともしない。レイとナオが二人がかりでようやく、ゆっくりと開けた。


 ギ……ィ……。


 空気が一変した。


 こもった湿気。埃と古い紙の匂い。それに混じって、微かに焦げたような異臭。


 書棚が、迷路のように立ち並ぶ。


 ナオは無言のまま進む。レイが後を追うと、書棚のひとつが不意にカチリと音を立て、横にスライドした。


 ――その奥に、暗がりが現れる。


 密室のような空間。


 そこから、ひとつの影がゆらりと浮かび上がった。


 黒い服をまとった青年。長い前髪が片目を隠し、残った片目でレイをじっと見つめている。


「もう来たんだね。早かった」

 ナオが呟いた。

 青年はわずかに口角をゆがめる。


「…そういうお前は遅かったな、”カガミ様”」

 青年が皮肉げに言葉を放つ。


「……」


 レイが無言で二人を見やると、ナオはふっと一歩、前に出た。


 先ほどまで隣にいたはずの距離が、急に遠くなる。


 部屋の中央には、水晶のような球体が置かれていた。そこから、うすく煙が立ちのぼっている。


 ナオが、手をかざす。


 すると煙はゆっくりと渦を巻きながら、レイの腕に巻きついた。


「…悪いようにはしないからさ」


 レイが目を凝らすよりも早く、意識が深い水に沈むように、崩れていく。


 ――夢か現か、判然としない。


 けれど、どこかで“知っている”感覚があった。


 それは、遠い記憶の底にある、忘れられた闇だった。


***


 燃え盛る真紅の中、一人の人物がそれを眺めていた。

 手に収まる水晶も周りの赤を映し出していた。


「…」

 銀色の衣を揺らしながら、眺める人物にすでに表情はなかった。


 燃え盛る炎のなか、ひとりの影が立っていた。

 真紅に染まる空を、無言で見上げる。

 その手の中、水晶の球が静かに光を返していた。火の色を映した球体の奥で、何かがうごめいている。

 衣のすそが、炎の熱風に揺れている。

 銀糸のように光をはね返すその布は、まるで人の衣ではないようだった。

 影に、もはや表情はなかった。

 ただ――焼かれる音を、見つめている。

 衣装とは裏腹にそこにいたのは確かにただの子供だった。

 何かが終わった気がした。

 そして同時に、何かが始まってしまったようにも思えた。





***

 チャイムの音が鳴った。

 午後の柔らかな光が教室を満たしている。

 窓際のカーテンがかすかに揺れて、机の上に影がゆれる。

「……レイ、まだ戻ってこないね」

 ノノがつぶやいた。

 昼休み明けの5時間目。レイの席だけがぽっかりと空いている。

「あやしいな…」

 シンが訝しげに眉を顰める、どこか落ち着かない。

 ノノは教師に声をかけた。

「あの……レイが、昼から来てないみたいなんですけど……」

 担任は一瞬、怪訝な顔をしてから答えた。

「……レイ?」

「はい。転校してきた子で、窓際の――」

「ああ……?」

 教師は眉を寄せ、出席簿を開く。

「……君たち、誰のことを言ってるんだ?」

「え……レイです。一緒に転校してきた……」

「このクラスに、そんな子はいないよ?」


 だが、担任は静かに首を振った。



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