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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第六章 打たれ、歪み、熱されて
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毒の向こう側

 鉄を打つ音が、静かに鍛冶場に響いていた。

誰もいない夜の中で、クロガネは黙々とアサヒの剣と向き合っていた。

 それは、自分とは正反対の“癒し”の力を持つ剣だった。

 小さな毒を飼っている自分がこの剣を打つのにふさわしいのかなんて、わからなかった。

 最初は、毒から人を守りたかった――はずだった。

 何年もたって、毒はどうにも全身に回ってしまったらしい。

 今更、気づいたってもう遅かった。


***

 夜明け前の空は、まだ藍色を残していた。

  風が止み、辺り一面がまるで凍りついたように静かだった。

 焚き火の赤がゆらめく中、クロガネは黙って布に包んだ長いものを取り出した。

 アサヒはその動きに気づいて顔を上げる。

「……もってけ」

 クロガネは火に照らされた横顔のまま、一言だけ言葉を発した。

 代わりに布をほどくと、星鉄で修復された一本の剣が現れる。

 刃は片側だけが光を帯びて、まるで息をしているようにかすかに脈打っていた。

 冷たさの中に、どこか温もりを秘めた光だった。

 アサヒは目を見開いたまま動かない。

「“前に立つ”ってことを選んだなら……手ぶらじゃ守れねぇ」

 剣を見下ろし、クロガネは少しだけ笑った。

「星鉄で継いだ。誰かの命を、ちゃんと継げるようにって。……お前にちょうどいいだろ」

 アサヒはそっと手を伸ばした。

 指先が刃に触れた瞬間、微かな温もりが掌に伝わった。

「お前がそれをどう使うかで、ぜんぶ変わる」

 しばらくの沈黙のあと、アサヒが息を呑むように言った。

「…ありがとう、あと何も知らないのに嫌なこと言ってごめん」

 その言葉にクロガネは眉を顰める。

「…いい。全部お前の言うとおりだ」

 焚き火の火がぱちんと弾けた。

 アサヒは深く、剣を抱え込むようにして受け取った。

 その胸に、静かに熱が灯った気がした。

 クロガネはふと、夜明け前の空を見上げてつぶやく。

「俺にはもう、誰かに“ちゃんと”託す自信なんてねぇ。でも……お前なら、それでも歩いていける気がする」

 その言葉に、ニアがぽつりと漏らした。

「…身勝手だね」

 クロガネは、少しだけ悲しげに微笑んだ。

「…あぁ、俺は…身勝手なんだ」

 ひとりぼっちの男の声が、夜明け前の静けさに染みこんでいった。


***

 揺れる列車の中で、アサヒは剣の脈動を掌に感じながら、ぽつりとこぼした。

「クロガネって……なんやかんやで、優しいな」

 ぽつりと漏らした言葉に、隣のニアが眉をひそめる。

「……やっぱり僕は、クロガネは嫌いだよ」

 身勝手な奴が勝手に人に期待して、自分の毒を他人に浄化させようとする。

 ニアは、そういう人間を何度も見てきた。

「自分の毒を他人に向けるやつは嫌いだ。でも、世の中、そんなもんだよ」

 ニアの言葉が、窓の隙間から吹き込む風にさらわれ、どこかへ消えていった。


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