表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第六章 打たれ、歪み、熱されて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/175

待ち人

 ──カン、カン、と鉄を打つ音が、作業員が帰った後も鍛冶場に響いていた。

「クロガネさんも、星鉄とったことあるんだね」

 最近恒例になっているアサヒの来訪にもう顔色一つ動かなかった。

「……カジから聞いたのかよ」

「そうだけど……そうじゃない、かな」

「ったく、余計なこと言いやがって……」

 クロガネは鉄のカケラを打つ手を止め、眉をひそめた。まるで知られたくなかった過去のように。

「ねえ、クロガネさん。僕、星鉄、取るよ」

「……何言ってんだよ。そんなヒビ入ったポンコツ刀でか? ガキはさっさと諦めて、故郷帰んな。ママが心配してるぜ」

「……決めたんだ、僕」

 その声にクロガネが顔を上げると、アサヒの姿はもうなかった。

「……勝手にしろ」

 吐き捨てるように言いながらも、胸の奥がざわつくのを、クロガネは誤魔化せなかった。



***


 その夜、アサヒはニアと並んで、洞窟に立っていた。月は雲に隠れ、光は乏しい。滝の音だけが響いていた。


「アサヒ、大丈夫?」

 壊れかけの刀を握る手に、少しだけ震えがあるのをニアは見逃さなかった。

 ──カサッ。

 洞窟の奥から響く不審な物音。すぐに、それは現れた。奥から、ギラリとふたつの光がみえた。ゆっくりと這い出る黒く、煙のように輪郭のあいまいな魔物。その存在は重たく、冷たく、ただそこにいるだけで恐怖を引きずり出す。

「来た……っ!」

 アサヒが前に出る。刀はまだ直っていない。

 手にしたのは、そこらの木の枝を削っただけの棒だった。ニアもスケッチブックを握りしめた。

 魔物が吠える。その声を合図に、洞窟の奥の光が複数見える。


 そして次の瞬間、巨大な爪がアサヒたちを襲う――


 ガキィィィン!

「……ったく、見てらんねぇな」

 闇の中から、鋭い金属音とともに影が飛び込んできた。

「クロガネさん……!」

「俺んとこはな、修理中は“代理刀の貸し出し”もサービスなんだよ」

 そう言って、一本の刀をアサヒに放る。

 アサヒが咄嗟にそれを受け取ると、しっくりと手に馴染む感覚が走った。

「へへ……ありがと」

「いっとくが修理代に上乗せしとくからな」

 二人は並んで構えた。

 魔物は唸り声を上げながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。

 アサヒは斬りかかる。動きは粗い、でも気持ちはこもっている。

「…おま…そんなんで挑もうとしてたのかよ」

 あまりのアサヒの未熟さに、クロガネは驚愕した。


 クロガネも魔物を薙ぎ払いながら、アサヒの背中につく。

「…俺も戦うのは本業じゃないぞ」

「…僕もお医者さんなんだよね」

 そんな軽口も今は、何一つ面白くなくなかった。


「…日の出ギリギリにきたから、二人とも耐えて!」

 ニアの声を聞きながら、何度もはじかれる剣に二人とも押されていた。


 何度はじいても現れる魔物に限界を感じていた時だった。遠くの空がほんの少し赤らんだ。

「歌え!早く!!」

 クロガネが叫ぶ。

「う、うん!」

 ニアが震える声で歌いはじめる。

  あの、かすかに懐かしい旋律。

 でも、刀は……光らない。

「なんで……?」

 アサヒが焦る。刃が重くなる。魔物が再び襲いかかる。

 その時、クロガネが低くつぶやくように口ずさんだ。

「……シノはいつも、そこ歌詞間違えんだよ。正しくは、こっちだ」

 彼の声はしわがれていたが、どこか優しかった。

 その旋律に、ニアもアサヒも息をのんだ。

 アサヒの足元が、ほんのりと白く輝く。

「……あ」

 刃が、まばゆい光を帯びていた。

 その瞬間、魔物が一歩後退する。

 光は広がり、夜の静けさを、ほんの少しだけ照らした。

「いまだ!」

 アサヒが光の剣を振るう。

 刃が魔物を裂き、光の粒子が夜空に舞った。

 しばらくの沈黙の後、ニアがそっとつぶやく。

「……朝日、だ」

 東の空が、少しずつ色を取り戻していた。

 その光が、一つの鉱石と一直線に結ばれていた。





***

 シンと静まりかえった放課後の校舎。

 「特殊クラス」と書かれた教室の前で、幼いクロガネは両手にバケツを持たされ、ひとり立っていた。


 誰も通らない廊下。時間だけが、冷たく流れていく。


「クロガネ、先生たちもう帰っちゃったよ。立たせてること、忘れてるみたい」


 終わりを知らせに来てくれるのは、いつも決まってシノだった。

 ショートボブの、あどけない顔。けれど目は、どこか大人びていた。


「……俺は、忘れられてなんかない」


 こぼれそうな涙をぐっとこらえて、クロガネは言った。


「そうだね。じゃあ、こっちから忘れてやろう」


 シノはそう言って、バケツを持つクロガネの手を取る。

 その手は、あたたかかった。クロガネは、シノが振り返らないようにと願った。

 涙がこぼれてしまっていたから。たぶん、シノは気づいていた。


「先生が……砂鉄を探せって言ったんだ。だから俺はずっと探してて……。時間なんて、何も言われなかったのに」


「うん」


 ぽつり、ぽつりとこぼれる言葉に、シノは歩きながら静かにうなずいた。


「チャイムが鳴ったら戻るのが普通だろって怒られて、でも……もう一人、同じように探してたやつがいたんだ。カジってやつ。そいつも怒られて……」


「うん」


「先生が、そいつの足を踏んだんだ。だから俺は言った。“お前が悪い。時間も言われなかった”って。踏み返してやったら……“できそこないは廊下に立ってろ”って」


 その言葉に、シノはクロガネの手をぎゅっと強く握った。


「クロガネはできそこないなんかじゃないよ。私がいじめられたとき、助けてくれたのはクロガネだけだった。ちゃんと見てくれる人には、わかってもらえる」


 そして、校舎の門にたどり着いたときだった。

 門のそばには、ひとりの少年が立っていた。カジだった。彼は申し訳なさそうに、うつむいていた。


「ほら、待ってくれてる人がいる」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ