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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第六章 打たれ、歪み、熱されて
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親と子供と


 カジは、薄くひび割れた天井を見つめたまま、動けなかった。

 目を閉じても、あの怒鳴り声が耳の奥で何度も反響する。


「どんだけお前のためにしてやったと思ってんだ!」


 あれは幻聴か、それとも本当に言われたことだったのか。

 記憶は霞んでいるのに、その声だけが異様に鮮明だった。


(俺のため、か……)


 そう言ってくれるうちは、まだよかったのかもしれない。

 でももう、あの目だ。

 見下ろすような、見透かすような、そして自分自身に言い聞かせているような――

 まるで、親と重なるようなそんな表情。


「……やめてくれ。そんな目をするな」


 思わず漏れた声の先にいたクロガネは、まるで自分を映したような顔をしていた。


 なんだ、おまえも同じじゃないか。なのに、なんでそんなことするんだ。


 不意に光が瞬いた。

 窓の向こうに差し込む朝日が、視界を焦がす。

 まぶたを閉じても、赤い残光が残る。


 そして、音が聞こえた。

 誰かの足音。いや、金属を叩く音……でも違う。

 水音。風。光が反射する、あの音。


(──星鉄の音だ)


 わけもなく、そう思った。

 脳の奥で、遠い昔に聞いた音が甦る。

 滝の裏。水に濡れながら笑ってたクロガネの声。それを追うように響いた、あの子の歌声。


(夢か……?)


 気づけば、自分は立ち上がっていた。

 でも、そこは家じゃない。

 光が揺れている。見覚えのない場所。

 濡れた石の上、白い靄。

 目の前に、子どもの自分とクロガネがいた。


「……見つけて」

 自分たちだったはずの子供が急に、あの子供たちにみえた。星鉄を探すニアとアサヒに


「覚えてるでしょ」


 言葉は靄に吸い込まれ、景色が崩れ落ちるように溶けていった――



***


 --見つけて


 その声と共に、夢の世界が崩れていく。

 靄が割れるように闇が広がり、世界が静かに沈んだ。


 そのとき、ニアは目を覚ました。

 汗ばんだ額に手を当てながら、しばらく天井を見つめる。


(見つけて、って……)


 あれはカジの夢だったのか。

 それとも、自分が見た夢に、カジが出てきたのか。

 境界が曖昧で、判断がつかない。


 けれど、ひとつだけ確かだったのは――


 朝日と、音。


「……光で、見える」


 呟いたその言葉に、自分でも驚く。

 言葉が降りてくるように浮かぶ。

 誰かが自分の中に、古い記憶を流し込んだかのように。


 ニアは立ち上がると、窓辺に近づいた。

 あたりはすでに真っ暗だった。



***


「…どうせ、今日も見つからなかったんだろ」

 今日も鉄をたたきながら、クロガネは言った。

 鍛冶場に響く鉄槌の音の合間、クロガネが背中を向けたままぼそりと呟く。

 扉を開けたアサヒに、顔を向けることもない。


「毎日ご苦労なこった。調査員見習いってのは、そんなに暇なのかよ」

 嫌味めいた言葉にも、アサヒはにこりと笑った。

「僕は医者見習い、だよ」


 その返しに、ようやくクロガネがこちらを振り向く。

「医者?医者が、なんで剣なんて持ち歩いてんだ」

 まっとうな疑問に、アサヒは肩をすくめて笑う。


「この剣、『勇者の剣』って呼ばれてるんだ。この手の石の力を使う鍵みたいなものなんだ」

 頼りなげな表情に、クロガネは鼻で笑う。

「お前みたいなのが勇者?冗談だろ。そんなガキに何ができんだよ」

 アサヒは、少しだけ苦い笑みを浮かべる。


「…僕の母さんも同じようなこと言ってたよ、”何かの間違いだ”とか”あなたみたいなのがが頑張ったら、周りに迷惑がかかる”とか」

 クロガネの表情が動いた。しばし沈黙の後、ぽつりと訊いた。


「…その剣、なんで折れちまったんだ」

「これはね、すごく大きな病気みたいなのが、石つきを暴走させちゃって。国全体の人を助けたくて、頑張りすぎちゃった。…全員は救えなかったけどね」

 アサヒの目を、クロガネはじっと見つめる。

 その目に映るのは、痛みと諦めと、それでも消えない意志だった。


「……お前の母ちゃんはな、大事な息子にそんな思い、してほしくなかったんだよ。

実の息子が、赤の他人のために心をすり減らして、辛い目に遭うのを見たくない。

親ってのはな、世界よりも、自分の子どもがいちばん大事なんだ」

 アサヒは一瞬ぽかんとし、そのままクロガネを見上げた。


「なんだ、クロガネって案外優しいんだね」

 その瞬間、ゴツン――と彼の拳がアサヒの頭を叩いた。

「痛っ……!」

「バカが移るから、黙ってろ」

 不器用な優しさだけが、空気の中に残った。


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