責任は肩代わりできない
列車の揺れに合わせて、車輪の音がリズムを刻んでいた。
古びた車両のなか、俺たちは四人、向かい合って座っている。
俺の目の前にいる、無愛想なロングコートの男――キサラギは、苛立っているのかずっとタバコを吸い続けていた。
どうやらこの列車は、キサラギの所属する研究室の調査隊が管理しているらしい。そうでもなければ、こんなヘビースモーカーはとっくに降ろされているはずだ。
意外なことに、スケッチブックを肌身離さず持っている少女――ニアと、アサヒはすぐに打ち解けた。
といっても、言葉を交わすわけではない。ただ並んで景色を眺めているだけなのに、不思議と馴染んでいた。
弟をよく知っているレイから見ても、ニアはどこかアサヒに似ていた。だからかもしれない。
ふと窓の外を見ると、広大な海が広がっていた。
町を出たことのない二人にとって、それは言葉を失うほど衝撃的な光景だった。
「……綺麗だね」
ニアがぽつりと呟く。
アサヒは黙ったまま、興奮気味に首を何度も縦に振った。
「僕、先頭車両でスケッチしてくる」
「待って! 僕も行く!」
ニアが立ち上がり、アサヒも慌ててあとを追う。
――キサラギと二人きりになるのは、とてもじゃないが耐えられない。
レイも続こうと腰を浮かせかけた、そのときだった。
「おい、待て。……クソガキ」
背中に声をかけられ、レイは思わず立ち止まる。
「何度も言わせんな。お前は邪魔だ。帰れ」
振り返ると、キサラギが鋭く光る目で俺を見据えていた。
「そもそも、お前は医者なんて器じゃねぇ。どうあがいても弟にはなれねぇ」
肩がわずかに動いた。
それでも、レイは視線を外さなかった。
「てめぇがどれだけ賢かろうがな。弟にはなれねぇ。……あいつは剣を抜いちまったんだ。責任の肩代わりなんざ、できねぇんだよ」
そんなことは、痛いほどわかっていた。
それでも――アサヒにすべてを背負わせるのは、兄として許せなかった。
「……わかってるよ」
低く、搾り出すような声だった。
それでも、レイは続けた。
「……でも、一人で行かせるわけにはいかないだろ」
キサラギはしばらく沈黙したまま、煙草をくゆらせていた。
やがて、小さく舌打ちし、傍らに置いてあったレイの剣を投げた。反射的に受け取る。
「てめぇが前線に立つってんなら、考えてやらねぇでもねぇ」
そう言いながら、キサラギは銃を抜いた。
「俺らは医者じゃねぇ。調査員だ」
キサラギの銃声が車内に響いた。レイは身を翻して避ける。
「お医者様を連れてくこともあるがな……基本は戦闘要員だ。お医者さんごっこしたいガキなんざ、連れてけねぇんだよ!」
蹴りが飛んできた。
寸前で刀で受け止めようとしたが、力の差は歴然。レイは車両の最後尾まで吹き飛ばされた。
さらに銃弾が頬をかすめる。
逃げ場はひとつしかなかった。レイは屋根の上へ飛び出した。
風。振動。唸る鉄の音が、二人の沈黙を切り裂く。
「てめぇは本当に、医者になりたいのか?」
キサラギが銃口を向けたまま訊いてくる。
「……俺は、誰かの代わりになりたいんじゃない」
そうだ。
別に石つきが羨ましいわけでも、自分に自惚れてるわけでもない。
「だったら、何だよ」
「……俺は、誰かを置き去りにしないために、ここにいる」
引き金が引かれる。
レイは身をひねって弾丸をかわし、屋根の反対側に転がる。続けざまに飛んできた2発目が、風を裂いてすぐ背後をかすめた。
「反応だけは一丁前かよ!」
キサラギが笑った瞬間、俺は剣を構え、一気に距離を詰める。
しかしキサラギは身を沈め、足払いをかけてきた。
脚が浮いた――だが、即座に腕をついて体勢を立て直し、剣を振り下ろす。
金属音。弾ける火花。
キサラギは片手で銃を構えたまま、剣を受け止める。
「俺は戦える。判断もできる。だったら――」
「調子に乗んなよ、ガキが!」
キサラギが二丁目を抜く。
レイは横に跳ね、銃撃を剣で受け流しつつ反撃に転じる。
だがその一発が剣の腹を貫き、右腕をかすめた。痛みが走る――けれど足を止めなかった。
「――やることは一つだろ!」
踏み込みと同時に、剣を振り抜く。
鋭い軌道が、キサラギの肩を浅く裂いた。
風の中で、赤が舞う。
キサラギの表情が一瞬だけ変わった。
無言で、煙草を落とす。
「……ひとまず、俺らについてくるのは認めてやる」
レイは一歩前に出たまま、深く息を吐いた。
ふたりの間には、列車のリズムだけが流れていた。




