朝日に照らされる
誰もいないはずの家で、朝の日差しが差し込んでいた。
――けれど、カジはその暖かさを、何も感じていなかった。
カジは横たわったまま、何も考えずに天井を見つめていた。
これがもう何回目の朝日なのかもわからなかった。目にうつるものすべてに現実味を感じない。
ただ、どこかで名前を呼ばれた気がして、また目を閉じる。
最近、妙に世界が薄い幕を張ってるような気がした。
***
「ガネちゃん、無理だよ、もう帰ろうよ」
幼い頃から、クロガネは負けず嫌いだった。
滝の裏を水浸しになろうとも、石を砕き続ける幼いクロガネ。
「……だめだ、シノと約束したんだ」
滝の音がうるさくて、震える声は聞こえなかったけれど、シノの笑顔だけは、今でも脳裏に焼きついている。
「星鉄を指輪にしたいなんて、メリケンサックでも作る気なんじゃない?」
「うるせぇ!シノがなんか、名前がおしゃれだからって、、!」
クロガネは、顔を赤くする。
こういうとき、つくづくめんどくさい性格をしている親友に、カジはため息をつきながら言った。
「こっちから、掘ればいい?」
クロガネは、照れくさそうに黙ったまま、カジの差し出した手元を見ていた。
「……サンキュ」
やっとの一言に、カジは笑って肩をすくめる。
「星鉄なんて子どもが拾える代物じゃないと思うよ。そもそもこの岩、どう見ても硬度バグってるし」
「だって、シノが……」
また名前を出されて、カジは観念したように岩を見上げた。
(まったく……昔からああだ)
その時の、がむしゃらで、ひたむきで、でも不器用なクロガネの横顔――
今でも、目に焼きついている。
***
「…カジさん、うつ病らしいっす」
若い作業員の言葉に、鍛冶場の空気がぴたりと止まった。
「……は?」
クロガネの低い声が、鋭く静けさを裂いた。
「……その、動けないみたいで……病院、連れて行きました。診断は……」
クロガネの眉間に皺が寄る。
「じゃあ、あいつが今日来なかったのも、昨日来なかったのも……」
若い作業員は小さくうなずいた。
「…仕事がきついとか、そういうのも……たぶん、あると思います。クロガネさん、厳しいから……」
「はあ?」
クロガネの声に、ぴしりとした怒気がにじんだ。
「それが理由だっていうのか。俺のせいで……?どんだけ俺があいつのためにしてやったと思ってんだ!あいつの親が病気した時も、若い頃にいじめられてた時も、全部俺が助けてやっただろうが!仕事が見つかんなかったときも、俺がここで面倒見てやらなきゃ、あいつなんて、どうしようもなかっただろうがよ!」
拳が、鉄台を打つ音を立てた。
「それを俺のせいとか……恩を仇で返す気かよ!!」
誰も、何も言わなかった。
ただ、金属を打つ音だけが、鍛冶場に戻ってきた。
「……なんなんだよ。あんな目で俺のこと見やがって」
ぼそりと呟いたその声は、誰に向けたものでもなかった。
だが、それを聞いてしまった作業員たちの表情が、かすかに強ばったのは確かだった。
苛立ちの中、クロガネも鉄に向き合い始める。
思い出すのは、妻のシノが去る前に見せた、あの目だった。
そして、つい昨日までそばにいたカジの――同じ目。




