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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第六章 打たれ、歪み、熱されて
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朝日に照らされる


 誰もいないはずの家で、朝の日差しが差し込んでいた。

 ――けれど、カジはその暖かさを、何も感じていなかった。


 カジは横たわったまま、何も考えずに天井を見つめていた。

 これがもう何回目の朝日なのかもわからなかった。目にうつるものすべてに現実味を感じない。

 ただ、どこかで名前を呼ばれた気がして、また目を閉じる。


 最近、妙に世界が薄い幕を張ってるような気がした。



***

「ガネちゃん、無理だよ、もう帰ろうよ」

 幼い頃から、クロガネは負けず嫌いだった。

 滝の裏を水浸しになろうとも、石を砕き続ける幼いクロガネ。

「……だめだ、シノと約束したんだ」


 滝の音がうるさくて、震える声は聞こえなかったけれど、シノの笑顔だけは、今でも脳裏に焼きついている。


「星鉄を指輪にしたいなんて、メリケンサックでも作る気なんじゃない?」

「うるせぇ!シノがなんか、名前がおしゃれだからって、、!」


 クロガネは、顔を赤くする。

 こういうとき、つくづくめんどくさい性格をしている親友に、カジはため息をつきながら言った。


「こっちから、掘ればいい?」


 クロガネは、照れくさそうに黙ったまま、カジの差し出した手元を見ていた。


「……サンキュ」


 やっとの一言に、カジは笑って肩をすくめる。


「星鉄なんて子どもが拾える代物じゃないと思うよ。そもそもこの岩、どう見ても硬度バグってるし」


「だって、シノが……」


 また名前を出されて、カジは観念したように岩を見上げた。


(まったく……昔からああだ)


 その時の、がむしゃらで、ひたむきで、でも不器用なクロガネの横顔――

 今でも、目に焼きついている。


***

「…カジさん、うつ病らしいっす」

 若い作業員の言葉に、鍛冶場の空気がぴたりと止まった。

「……は?」

 クロガネの低い声が、鋭く静けさを裂いた。

「……その、動けないみたいで……病院、連れて行きました。診断は……」

 クロガネの眉間に皺が寄る。

「じゃあ、あいつが今日来なかったのも、昨日来なかったのも……」

 若い作業員は小さくうなずいた。

「…仕事がきついとか、そういうのも……たぶん、あると思います。クロガネさん、厳しいから……」

「はあ?」

 クロガネの声に、ぴしりとした怒気がにじんだ。

「それが理由だっていうのか。俺のせいで……?どんだけ俺があいつのためにしてやったと思ってんだ!あいつの親が病気した時も、若い頃にいじめられてた時も、全部俺が助けてやっただろうが!仕事が見つかんなかったときも、俺がここで面倒見てやらなきゃ、あいつなんて、どうしようもなかっただろうがよ!」

 拳が、鉄台を打つ音を立てた。

「それを俺のせいとか……恩を仇で返す気かよ!!」

 誰も、何も言わなかった。

 ただ、金属を打つ音だけが、鍛冶場に戻ってきた。

「……なんなんだよ。あんな目で俺のこと見やがって」

 ぼそりと呟いたその声は、誰に向けたものでもなかった。

 だが、それを聞いてしまった作業員たちの表情が、かすかに強ばったのは確かだった。

 苛立ちの中、クロガネも鉄に向き合い始める。

 思い出すのは、妻のシノが去る前に見せた、あの目だった。


 そして、つい昨日までそばにいたカジの――同じ目。




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