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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第六章 打たれ、歪み、熱されて
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火と鉄の間で

 鍛冶場は、谷底に向かう細道を下りきった崖のふもとにあった。

 黒煙が立ちのぼり、焼けた鉄の匂いが風に混ざって鼻を突いた。


「……ここが、例の鍛冶屋?」

 ニアは眉をひそめて言った。壁にも扉にも落書きのような注意書きがされている。「勝手に入るな」「黙ってろ」「死ぬぞ」――全部、同じ筆跡だ。


 アサヒが扉をノックしようとしたとき、中から怒鳴り声がした。

「だァれだ! 鉄叩いてるときにノックなんかしやがって、耳が爆ぜるだろうがァ!」

 びくりと肩をすくめたアサヒを、ニアがじっと見る。

「……ほんとにここ?」

「うん……たぶん、キサラギが言ってたし」


 二人は、前の任務で負った損傷のせいでひび割れたアサヒの剣を修理してもらいに来ていた。

 キサラギの言葉が頭をよぎる。

『ふもとの鍛冶場に、腕のいい職人がいる。ただ……ちょっと癖が強いけどな』


 覚悟を決めて扉を開けると、熱波と火花が一気に押し寄せた。

 鍛冶場の中央には、煤まみれの大男が背を向けて鉄を叩いている。ごつい腕に革の前掛け。鋼鉄のような眼差しを向けたその顔は、まるで火の神の使いのようだった。

「……何の用だ」

 男――クロガネはアサヒの剣をちらりと見て、鼻で笑う。

「なおしてほしくて……この剣、大事なもので」

 おずおずと剣を差し出すアサヒの後ろに、ニアは隠れた。

「大事、ねぇ……」

 低くうなる声が、鍛冶場に響いた。

「お前は。刃こぼれの声を聞いたことあるか? 熱にうなされる柄の夢を見たことは? 剣ってのはな、命の重さを刻む相棒だ。簡単に壊して持ってくるようなガキには、打たねえよ」

 アサヒは言葉を詰まらせた。


 その様子にニアが、手にしていたスケッチブックを無言で差し出した。

 そこには、昨晩彼が夢の中で見た“新しい剣”の絵が描かれていた。しなやかで鋭く、どこか音楽的な曲線をもつ異形のデザイン。鍛冶屋は絵をちらりと見て、盛大に鼻を鳴らした。


「はッ。いかにも“デザイン系”のガキが描きそうなもんだな。中身は? 寸法は? 材質は? どうせ“なんか光るやつ”とか言うんだろ」

 ニアの肩がビクリと揺れた。青筋が浮かび、手が震えている。

「ぼ、ぼくは……デザイン系じゃな……デザインとアートは、ちが――」

「…わかる、わかるよ…すごく」

 アサヒが慌ててニアの肩に手を置き、必死になだめる。


「芸術家気取りは帰んな。こちとら神経すり減らして火と話してんだ。おまえらの“夢で見ました”が通じる世界じゃねえんだよ」

 アサヒは、地面を見つめたまま、ぽつりと呟いた。

「でも……この剣がなかったら、助けられなかった命があったんです。今度も、この剣で、誰かを守れるかもしれないから……お願いです。打ってください」

 沈黙。

 鍛冶屋は、火を止め、ふうっと大きく息を吐いた。

「……よく聞く、チープな言葉だな」

 ニアが小さく目を細める。その目に鍛冶屋はすぐに顔をしかめた。


「…そうじゃねぇ。俺は――」

 言いかけて、鍛冶屋は口を噤む。


「……とにかく。素材くらいはてめぇらで集めに行け。その間に俺が“打つに値する剣”かどうか、見極める」

 アサヒとニアは顔を見合わせた。その目には、ほのかな光が宿っていた。

「打つかはわからねえけどな」

 鍛冶屋はその目にバツが悪そうに付け加えた。



***


 鍛冶屋は、炉の奥から古びた巻物を取り出し、無造作にアサヒへと投げた。

 広げると、そこには見たこともない金属の名前が記されていた。

「“星鉄”……?」

「山の反対側にある滝の裏に眠ってるはずだ。地殻変動で地表に出たって噂がある。空から降ってきた鉄は、普通の火じゃ溶けねぇ。剣に使うなら、そいつがいい」

 アサヒは思わず顔をあげた。

「そ、それを……取りにいけば、打ってくれるんですか?」

「……取ってこられたらな。まあ、崖から落ちてくたばっても、俺は困らねえけどよ」

 ニアはちらりとアサヒを見る。

「行くんでしょ、どうせ」

 アサヒはうなずいた。

「うん。だって、直したいから」

 鍛冶屋は鼻を鳴らすと、再び鉄を叩き始めた。

「じゃあ、消えな。ガキども」

 アサヒとニアは巻物を握りしめ、鍛冶場を後にした。


「……僕はああいう頭の悪いやつは嫌いだ」

 アサヒはふふっと笑った。

「なんか、少しだけキサラギに似てない」

「……キサラギはあんなに馬鹿じゃない」

 ふたりの声が、火花の音にかき消されていった。



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