決断
洞窟の戦いから、数日が過ぎた。
あれ以来、村の異変は収まり、穏やかな夜が続いた。
キサラギと名乗るロングコートの男と、黒髪のツインテールの少女は疫病にかかった家を周り、聞き取り調査を行っていた。
そして、アサヒの背中の剣は、一度もあの日から熱を帯びることはなかった。
アサヒたちは村に戻り、それぞれの生活に戻った――ふりをしていた。
でも、アサヒの中で何かが決定的に変わってしまっていた。
“知ってしまった”からだ。
石のこと。人間の欲望のこと。
アサヒには、剣を抜いた責任があった。
***
「……僕を、研究室に入れてほしい。医者になりたいんだ」
焚き火の前で、ロングコートの男はしばらく黙っていた。やがて、炎を見つめたまま煙草をくわえる。
「……お前は剣を抜いた。それだけの理由にはなる」
「じゃあ――!」
「もともと、お前は連れてこいと上から言われていた。だがな、坊ちゃん、甘くねぇぞこの道は。ちゃんとわかって言ってんのか?」
キサラギの目はとても鋭かった。
アサヒは、うなずいた。
もう、戻れないとわかっていたから。
***
家に戻り、母に打ち明けた。
「国の研究施設に入りたい。医者になりたいんだ。剣を抜いた意味を、ちゃんと知りたい」
洗濯物をたたむ母の手が止まる。
「……石のせい? それとも、剣を抜いたから?」
「……どっちでもないよ」
母はため息をつき、視線を上げた。その目は、まるで他人を見るような冷たさを帯びていた。
「あなた、気が大きくなっちゃったのね。かわいそうに」
言葉は刃のようだった。ゆっくりと、残酷な調子で続ける。
「あなたが好きなことをすることに、私になんのメリットがあるの?」
どうしてだろう。
昨日は“根っこ”を前にして、震えながらも前に出られたのに。キサラギの言葉にも、なんのためらいもなく答えられたのに。
今は、一歩も動けない。
――僕は、頑張ることすら許されないくらい、だめな人間だったのに。
そのとき、母の顔色が急に変わった。
足元がふらつき、手に持っていたシャツがするりと落ちる。
「……っ、かあさ――」
次の瞬間、母の身体が音もなく崩れ落ちた。
***
気づけば、そこは国の医療施設だった。
白い天井。無機質な音。
防護服を着た人々の声が、ガラス越しにかすかに聞こえる。
母は、隔離室のベッドに横たわっていた。
目は閉じたまま、何の反応もない。
「――脳が、もう……」
聞きたくなかった言葉が、隣室から漏れた。
レイが顔をゆがめ、拳を握りしめながら呟く。
「なんで……こんな……!」
あの“石の熱”に似た気配が、母の身体からも微かに感じられた。
「……才能の石に関わる“病”かもしれねぇ」
ロングコートの男が低く言った。
「この前の“根”……あれと似た波形が出てる」
迷う理由なんて、もう残っていなかった。
***
「医者になりたいんだ」
病室の外で、改めてそう口にしたとき、レイは驚きもせず、静かに答えた。
「俺も行く」
「……レイ?」
「お前だけに背負わせたくない。……だから、俺も行く」
その瞬間、ロングコートの男が鋭い声で割って入った。
「おい兄貴、てめぇは関係ねぇ。邪魔だ。足手まといになる」
それでもレイは一歩も退かない。
「俺は弟だけに責任を負わせない」
男は舌打ちし、煙草を踏み消した。
「……くそガキが」
背中の剣が、かすかに熱を帯びていた。




