表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第五章 フィーネの祈り
49/174

光の果てに燃ゆるもの

 フィーネの中で、セレナは光だった。

 森の奥で、ただ静かに暮らしていた日々。水を讃え、草に祈り、何ひとつ望まずに生きていた。

 けれどその生活は、ある日、唐突に奪われた。

 ――ただそれだけでは、生きてはいけない。

 この世界にいる限りは。


***

 森は静かだった。

 風がそよぐたび、枝葉がささやき合う。けれどその静けさを裂くように、くぐもった笑い声が響いた。

「いたいた……ほら、見てみろ。こんなちいせぇのに力があるなんて、世の中わからねえもんだな」

 ざらついた手が、ひょいと指先で掴んだのは、光をまとった小さな妖精――フィーネだった。まだ幼いその身体は、驚きに凍りついたまま、無造作に持ち上げられる。

「やめとけよ。品物なんだから、雑に扱うな」

 もう一人の男が、苛立たしげに言う。だが掴んだ男は笑って、親指をそっと動かす。

「へいへい、わかってますよ」

 ――きっと、それはただの好奇心だったのだと思う。

 蝶と同じくらい無力な存在が、どんなふうに“できている”のか。無邪気な子どものような、しかし残酷な――そんな好奇心。

 無機質な目がフィーネをとらえる。フィーネの胸元に添えられる男の親指。ゆっくり、ゆっくりとこめられる力。

「ーーーーー」

 声にならない悲鳴が、喉の奥で泡立つ。だが、その力は緩むことなく、身体が軋む音が聞こえた。小さな羽が震える。

 ――そのときだった。

「……その手を、離して」

 森に響く、低く静かな声。密猟者が振り返るよりも早く、風が巻いた。白い軍服と、長い髪の少女が並んで立っていた。セレナと――フェリクス。

「妖精保護区域への不法侵入および密猟の現行犯。覚悟はできてるんでしょうね」

 セレナはただ、まっすぐにフィーネを見つめていた。その眼差しが向けられた瞬間、フィーネの頬に涙が一粒、零れ落ちた。


***

「レイ、ふせろ」

 キサラギの叫びと同時に、風が裂けた。レイは即座に身を低くし、背後を確認する。

 銃声。ナイフを構えた“石つき”の関節に弾が命中する。だが――その身体は、もはや人の形をしていなかった。顔は、涙を流しながら笑っていた。

「……ほんとに騒がしいな」

 キサラギが吐き捨てるように呟く。その目が、一瞬だけ揺れた。

 城の周囲には、すでに理性を失った“石つき”たちがうごめいている。かつての仲間。兵士だった者たち。

「きっとこれは、妖精の力の暴走だ! どこかでバラまいたテロリストがいる!!」

 レイは、迫りくる元・仲間たちを何体も斬っていた。その手は震えていない。ただ、目だけが曇っていた。

「――止めるしかない」

 血と煤にまみれて、アルヴァンが前線から戻ってきた。

「中央区の門が破られた。……このままだと、首都までやられる」

 わずかに迷いを帯びた声だった。それを聞いて、キサラギは一瞥するなり怒鳴った。

「おい、クソガキ! 暴走してない兵を集めろ! 止められるのは“今”だけだ!」

 クソガキと呼ばれて返事をしない理由はない。レイは即座に立ち上がり、後方に駆ける。 キサラギは振り返らない。ただ、次の弾丸を――躊躇なく放つ。

「言われなくても!」


***

 揺れる煙の中、むらさきの光がたたずんでいた。いつもは大剣を携えているその手には、二本の細身の刀――血に濡れた刃が握られている。足元には、もう人の形をとどめていない石つきたちの亡骸が、塊となって山をなしていた。

 それでも、石を宿した者たちはどこからともなく湧いてくる。紫の身体は、ひとつの迷いもなく宙を駆けた。目にも留まらぬ速さで、一人、また一人と斬り裂いていく。その光は地下の通路を抜け、街へと出てもなお止まらなかった。 まるで自らの命を燃やすように、絶え間なく。

 そのすぐ傍で、焔羅は次々と襲いかかる暴走者たちの相手をしていた。

 けれど、心のどこかで別のことを警戒していた。

 知っていたのだ――紫が、いったんああなってしまえばもう止まらないことを。

 そして、ついにあたりに動くものがいなくなったその瞬間、紫の光はふっと止まる。

 長く垂れた髪の隙間から、うなじに埋め込まれた石が揺らめき、淡く光った。ゆっくりと、焔羅の方へと振り返る紫。その頬に飛び散った青い液体は、すでに赤に染まりきっている。


 焦点の合わない瞳。血の張りついた頬で、紫は目を細め、やわらかく――笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ