光の果てに燃ゆるもの
フィーネの中で、セレナは光だった。
森の奥で、ただ静かに暮らしていた日々。水を讃え、草に祈り、何ひとつ望まずに生きていた。
けれどその生活は、ある日、唐突に奪われた。
――ただそれだけでは、生きてはいけない。
この世界にいる限りは。
***
森は静かだった。
風がそよぐたび、枝葉がささやき合う。けれどその静けさを裂くように、くぐもった笑い声が響いた。
「いたいた……ほら、見てみろ。こんなちいせぇのに力があるなんて、世の中わからねえもんだな」
ざらついた手が、ひょいと指先で掴んだのは、光をまとった小さな妖精――フィーネだった。まだ幼いその身体は、驚きに凍りついたまま、無造作に持ち上げられる。
「やめとけよ。品物なんだから、雑に扱うな」
もう一人の男が、苛立たしげに言う。だが掴んだ男は笑って、親指をそっと動かす。
「へいへい、わかってますよ」
――きっと、それはただの好奇心だったのだと思う。
蝶と同じくらい無力な存在が、どんなふうに“できている”のか。無邪気な子どものような、しかし残酷な――そんな好奇心。
無機質な目がフィーネをとらえる。フィーネの胸元に添えられる男の親指。ゆっくり、ゆっくりとこめられる力。
「ーーーーー」
声にならない悲鳴が、喉の奥で泡立つ。だが、その力は緩むことなく、身体が軋む音が聞こえた。小さな羽が震える。
――そのときだった。
「……その手を、離して」
森に響く、低く静かな声。密猟者が振り返るよりも早く、風が巻いた。白い軍服と、長い髪の少女が並んで立っていた。セレナと――フェリクス。
「妖精保護区域への不法侵入および密猟の現行犯。覚悟はできてるんでしょうね」
セレナはただ、まっすぐにフィーネを見つめていた。その眼差しが向けられた瞬間、フィーネの頬に涙が一粒、零れ落ちた。
***
「レイ、ふせろ」
キサラギの叫びと同時に、風が裂けた。レイは即座に身を低くし、背後を確認する。
銃声。ナイフを構えた“石つき”の関節に弾が命中する。だが――その身体は、もはや人の形をしていなかった。顔は、涙を流しながら笑っていた。
「……ほんとに騒がしいな」
キサラギが吐き捨てるように呟く。その目が、一瞬だけ揺れた。
城の周囲には、すでに理性を失った“石つき”たちがうごめいている。かつての仲間。兵士だった者たち。
「きっとこれは、妖精の力の暴走だ! どこかでバラまいたテロリストがいる!!」
レイは、迫りくる元・仲間たちを何体も斬っていた。その手は震えていない。ただ、目だけが曇っていた。
「――止めるしかない」
血と煤にまみれて、アルヴァンが前線から戻ってきた。
「中央区の門が破られた。……このままだと、首都までやられる」
わずかに迷いを帯びた声だった。それを聞いて、キサラギは一瞥するなり怒鳴った。
「おい、クソガキ! 暴走してない兵を集めろ! 止められるのは“今”だけだ!」
クソガキと呼ばれて返事をしない理由はない。レイは即座に立ち上がり、後方に駆ける。 キサラギは振り返らない。ただ、次の弾丸を――躊躇なく放つ。
「言われなくても!」
***
揺れる煙の中、むらさきの光がたたずんでいた。いつもは大剣を携えているその手には、二本の細身の刀――血に濡れた刃が握られている。足元には、もう人の形をとどめていない石つきたちの亡骸が、塊となって山をなしていた。
それでも、石を宿した者たちはどこからともなく湧いてくる。紫の身体は、ひとつの迷いもなく宙を駆けた。目にも留まらぬ速さで、一人、また一人と斬り裂いていく。その光は地下の通路を抜け、街へと出てもなお止まらなかった。 まるで自らの命を燃やすように、絶え間なく。
そのすぐ傍で、焔羅は次々と襲いかかる暴走者たちの相手をしていた。
けれど、心のどこかで別のことを警戒していた。
知っていたのだ――紫が、いったんああなってしまえばもう止まらないことを。
そして、ついにあたりに動くものがいなくなったその瞬間、紫の光はふっと止まる。
長く垂れた髪の隙間から、うなじに埋め込まれた石が揺らめき、淡く光った。ゆっくりと、焔羅の方へと振り返る紫。その頬に飛び散った青い液体は、すでに赤に染まりきっている。
焦点の合わない瞳。血の張りついた頬で、紫は目を細め、やわらかく――笑っていた。




