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ユルザの霧と石の姫

荒れ果てる戦地の中、鉄の金槌を持つ大きな男の傍に浮かぶ妖精は、手を広げ、美しく微笑んだ。

涙ひとつこぼさず、微笑むその顔を、王子は見つめる。妖精とは裏腹にとても痛い痛しい顔の大男はやがて両腕を伸ばし、その小さな存在を抱きしめると、ぽつりとつぶやいた。

「……ごめん、ごめん……ごめんな……」

そして、王子は妖精を口に運んだ。


—---------------------------

キサラギは静かに一枚の古文書を机の上に滑らせた。そこには、かつてユルザの地に伝わったとされる“妖精”の伝承が、手書きで綴られていた。

「……かつて“妖精”は、自然と共に生きる精霊のような存在だった。羽を持ち、小さく、美しく、時に人に恩恵を与え、時に気まぐれに害をなす。礼には礼で応じ、奪えば呪いが返る。――そういう存在だと、民間では信じられていた」

集められたアサヒ、レイ、紫、焔羅の四人は少しだけ沈黙する。

「だが今、ユルザではその妖精たちが“資源”として扱われている。力を引き出す“道具”、美を得るための“素材”、闇市場で売買されている。まるで虫や家畜のように扱われている」

アサヒが小さく息を呑んだ。

「彼らを食せば“美しくなる”とか、“戦士の力を得られる”といった――そんな御伽噺のような話が、現実として信じられている。だが、それを信じた者たちの中には、“石の力”を暴走させたり、異常な変異を起こす者が出ている。周囲を石化させ、自らも意思を失い、永久に意識を保ったまま“石”として封じられる。生きながら石になる――それがこの力の“副作用”だ」

キサラギは視線を皆に向けた。

「ユルザ王国では、この石化の症状が急激に広がっている。王族の姫――セレナもまた石となり、王子アルヴァンはそれを止めるため、単独で蜂起した。だが彼一人で状況は覆らない。国内は分裂し、妖精の密輸も止まらない。軍も王族派と改革派に二分されている。――今回の任務は、この“妖精密売の源流”を止め、暴走する石の力の回収だ」

一拍置いて、彼女はスケッチブックを見せた。それは、ニアが“夢”の中で見たという情景を描いたものだった。



石となった少女――姫セレナ。その足元で膝をつき、嗚咽する王子アルヴァン。そして、その肩に手を添えるように、静かに、笑う妖精の姿。

「……これ、夢で見たの?」とレイが尋ねる。

ニアは、小さく頷き答えた

「未来の出来事かもしれないし、過去にあった何かの“繰り返し”かもしれない」

少しの間を置き、ニアはぽつりと呟いた。

「どれが真実かはかわからない。“御伽噺”が、現実を食べ始めてる」



---------------------------------------


古びた石畳の路地に、うっすらと霧が立ちこめていた。

錆びた街灯の下、一行が立ち止まる。風が吹くたび、遠くから「音楽のような何か」が微かに流れてきた。――ユルザ。かつて妖精たちが棲まい、優しき姫と王子が統べたという伝説の地。

「思ってたより……廃れてるな」

レイが辺りを見渡す。

「それでも昔は夢の国だったらしい」

レイの言葉にキサラギは答える。


瓦礫まじりの石畳を踏みしめながら、紫は城下の空気を嗅ぎ取った。甘ったるい香油の香りに混じって、かすかに鉄のにおいがした。紫は少しだけ、眉を潜める。


「あらら、もしかして紫ちゃん、体調悪い?」

いつものような軽口を叩きながら、焔羅どさくさに紛れて紫の肩を抱く。


「…前に少しだけ、ここに来たことがある、あまりの変わりように少し気味が悪いだけだ」

紫は肩に置かれた手をそっとはじいた。

「つれないなぁ」

焔羅の声は明るいが、目の奥にはわずかな警戒が光っていた。紫の視線は、遠く空に立ちのぼる黒煙を見つめている。崩れゆく街の輪郭が、どこか自身の故郷と重なって見えた。“才能の石”――あの呪いが、この国にも広がっている。

焔羅は、紫の手がわずかに震えたのを見逃さなかった。



---------------------------------------


半壊した城に足を踏み入れると、予想に反して中は静謐に保たれていた。

「……待っていた」

現れたのは、まるで壁のような巨体の男だった。重厚な鎧に包まれたその姿からは想像できないほど、柔らかな笑みを浮かべている。そしてその隣には、まるで絵から抜け出したかのような白い肌と背中に羽を持つ少女――空中にふわりと浮かんでいた。

「……アルヴァン王子、ですね」

キサラギが貼りついたような笑みで声をかける。アルヴァンは、同じく微笑みで応じた。アサヒとレイは、普段と違うキサラギの表情に思わず目を見張ったが、場の空気を読んで口をつぐむ。

「ああ、こちらはフィーネ。小さい頃からずっと、俺たち兄妹と一緒にいてくれている相棒だ」

アルヴァンが紹介すると、フィーネは空中でひらりと舞い、息をのむような美貌で微笑んだ。

「説明するより先に、ご覧になられたほうが早いかもしれません」

白い軍服の青年が前に出る。

「それもそうだな、フェリクス」

アルヴァンの言葉とともに青年は懐から鍵を取り出し、城の奥へ案内を始めた。

「この国は今、静かに死につつある。“才能の石”が変質し、妖精の記憶が暴走している。……君たちに頼みたいのは、その原因の調査だ」

石造りの階段を静かに降りる一行。地下へ進むにつれ、空気はひんやりと湿り気を帯び、壁の魔導灯が不規則に点滅していた。

アサヒが肩をすくめ、小さくつぶやく。

「…ここ、ちょっと変な感じかも」

そのつぶやきに反応したのは、フィーネだった。振り返った彼女は、声を発することなく、ただアサヒをじっと見つめる。

「……なに?」

フィーネはすっと手を差し出した。アサヒの額へ、そっと指先をのばす。その動きに、紫がとっさに身体を動かしたが、間に合わない。

――その瞬間、アサヒと紫の脳裏に、色のない光景が差し込んだ。

焼け焦げた舞台。

客席に並ぶ、笑顔のまま崩れた人形たち。

そこに立つ、誰か。

黒い髪、鋭い瞳。

そして――紫の面影。


「……ッ!」

アサヒが短く息を呑む。フィーネの白い指がわずかに揺れ、アサヒの手をそっと握る。

「…石付きに反応したのかも、妖精ってのは、いたずら好きだから」

何を見せたかは、わからなかったが焔羅は呆然と立ち尽くす紫を見て、低く唸る。

「いたずらにしては、悪趣味なんじゃないの?」

その視線に応えるように、アルヴァンが少し申し訳なさそうな顔を浮かべた。

「…妖精は悪いものには、悪い物を返す。君たち2人のどちらがかは――わからないけどね」


そう告げて、フェリクスは地下奥の扉を開ける。

中には、布をかけられた大きな物体。フィーネが空中でくるりと回りながら、そっと布を払った。

「……妹の、セレナだ」

淡い紫の光を帯びた石の中に、ふっくらとしたドレス姿の少女が、静かに横たわっていた。

「……この呪いを、どうにか解きたい」

大男の声からこぼれたのは、驚くほど小さく、けれど切実な願いだった。



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