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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第四章 甘い憧れ
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置き土産


「センパイって、どこまでも頭が悪いんですね」

任務演習が終わった直後、光の冷ややかな声が場を切った。

「……あれ? どっちにしろ怒られてる?」

兆が自分なりに理解し、首を傾げる。

しかしながら、兆と戦ってみて、三人がかりでも勝てる気がしなかった。頭が緩くなければ、あの端末には到底たどり着けなかっただろう。

「キサラギ、途中で……あの、影のようなものが現れた」

レイが静かに言葉を切り出す。


すると、意外にも先に口を開いたのは光だった。

「――あれは私が出した幻影です」


「……あれが、幻影……?」

ノノが思わず聞き返す。


「今までの任務で遭遇した、そこそこ強かった異形たちを、まとめて再現しました」

光はさらりと言ってのける。


三人は呆気にとられたまま、しばし沈黙する。

「……信じらんねぇ……」

シンがぽつりと呟いた。


空気を変えるように、ノノが声を上げる。

「でも、まぁ。端末はちゃんと回収できたわけだし。……ね?」


だがその直後――

「まあ、でも。お前ら、今回の演習、失格だからな」

キサラギの一言が、空気を一瞬で凍らせた。


「……は!? なんでだよ!!」

最初に食ってかかったのはシンだった。


「俺は、無傷でって言ったよな?」

そう言いながら、キサラギは淡々とレイの手元を指差す。


そこにはレイの手に巻かれた包帯があった。


—------------------------------------------

キサラギは、小さな小瓶を指先でくるりと2、3度回し、静かに見つめていた。

「……これが、アウローラで見たという薬か?」


声に応じて呼び出された焔羅が、気の抜けた調子で答える。


「見た目は似てるねぇ。……飲んでみる?」


その軽口に、紫が容赦なく焔羅の頭を小突いた。

「冗談でも言うな、バカ」


場が静まり返る。レイが、ぽつりと口を開いた。


「シンの話じゃ、紙袋の男から受け取ったらしい」


その一言で、空気がわずかに引き締まる。

沈黙を切り裂くように、キサラギが言った。


「光。この薬の成分、解析してくれ」


「了解しました」

光は、即答する。


それを聞きながら、焔羅がぼそりと呟いた。


「……でもさぁ。俺たちの縄張りで、こんなモンばら撒かれるの、さすがにナメられてんじゃない?」


その声には、いつになく低い熱がにじんでいた。



—------------------------------------------


夕暮れ時、アサヒは小さな路地裏で、ケイと話をするのが日課になっていた。

今日あったこと、お互いの家族のこと、どうでもいい冗談――話題はいつも、ゆるやかに流れていく。

「ケイって、妹と弟がいるんだね」

アサヒが笑いながら聞くと、ケイは肩をすくめる。

「まあ、全然しゃべんねぇけどな」

「……そうなんだ。うちの兄は、言いたいことあるくせに黙ってるとこあるよ」

風が一度だけ、路地の奥をすり抜けていく。道端の空き缶が、カランと乾いた音を立てた。

「双子ってことは、顔もそっくりなんだろ?」

ケイの問いに、アサヒは頷いた。

「一卵性だからね。鏡みたいって、よく言われるよ」

「そっか。……うちは、妹とも弟とも似てないな」

一拍置いて、アサヒがふと問いかける。

「そういえば、最近ずっと話してるけど、家の人は心配しないの?」

その言葉に、ケイは少しだけ間を置き、静かに笑った。

その笑みは、夕焼けの影に溶けるように淡く、どこかとても遠かった。

「……あー、大丈夫。俺のとこは、だいたい平気だから」

ケイの笑みに、アサヒは小さく首を傾げたが、それ以上は何も聞かなかった。

「僕そろそろ帰んなきゃ。レイが心配するから」

そういいアサヒは立ち上がる。

「…おー、またな」

そう言って立ち上がる。

「……おー、またな」

アサヒが手を振り、路地を抜けていく。


背中に夕日が差し、長い影が石畳に伸びた。ケイは、アサヒが見えなくなるまで、手を振り続ける。


翳り始める影に、ポツリとひとり残される。しばらく無言で路地裏に座り込み、辺りが完全に真っ暗になったとき、ようやく立ち上がり、アサヒとは反対側の道へ歩き出す。

街のざわめきから離れるにつれ、足音だけが響く。


灯りのついていない家にたどり着き、玄関の扉を開ける。返事はない。

靴音も、声も、誰かの気配も、どこにもなかった。

ケイは部屋の中を見渡し、明かりをつけずにそのまま奥へと進んでいった。


まるで、何かを確かめるまでもないというように。



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