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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第四章 甘い憧れ
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置き土産

 「センパイって、どこまでも頭が悪いんですね」

 任務演習が終わった直後、光の冷ややかな声が場を切った。

「……あれ? どっちにしろ怒られてる?」

 兆が自分なりに理解し、首を傾げる。

 しかしながら、兆と戦ってみて、三人がかりでも勝てる気がしなかった。頭が緩くなければ、あの端末には到底たどり着けなかっただろう。

「キサラギ、途中で……あの、影のようなものが現れた」

 レイが静かに言葉を切り出す。

 すると、意外にも先に口を開いたのは光だった。

「――あれは私が出した幻影です」

「……あれが、幻影……?」

 ノノが思わず聞き返す。

「今までの任務で遭遇した、そこそこ強かった異形たちを、まとめて再現しました」

 光はさらりと言ってのける。

 三人は呆気にとられたまま、しばし沈黙する。

「……信じらんねぇ……」

 シンがぽつりと呟いた。

 空気を変えるように、ノノが声を上げる。

「でも、まぁ。端末はちゃんと回収できたわけだし。……ね?」

 だがその直後――

「まあ、でも。お前ら、今回の演習、失格だからな」

 キサラギの一言が、空気を一瞬で凍らせた。

「……は!? なんでだよ!!」

 最初に食ってかかったのはシンだった。

「俺は、無傷でって言ったよな?」

 そう言いながら、キサラギは淡々とレイの手元を指差す。

 そこにはレイの手に巻かれた包帯があった。

***

 キサラギは、小さな小瓶を指先でくるりと二、三度回し、静かに見つめていた。

「……これが、アウローラで見たという薬か?」

 声に応じて呼び出された焔羅が、気の抜けた調子で答える。

「見た目は似てるねぇ。……飲んでみる?」

 その軽口に、紫が容赦なく焔羅の頭を小突いた。

「冗談でも言うな、バカ」

 場が静まり返る。レイが、ぽつりと口を開いた。

「シンの話じゃ、紙袋の男から受け取ったらしい」

 その一言で、空気がわずかに引き締まる。

 沈黙を切り裂くように、キサラギが言った。

「光。この薬の成分、解析してくれ」

「了解しました」

 光は、即答する。

 それを聞きながら、焔羅がぼそりと呟いた。

「……でもさぁ。俺たちの縄張りで、こんなモンばら撒かれるの、さすがにナメられてんじゃない?」

 その声には、いつになく低い熱がにじんでいた。

***

 夕暮れ時、アサヒは小さな路地裏で、ケイと話をするのが日課になっていた。

 今日あったこと、お互いの家族のこと、どうでもいい冗談――話題はいつも、ゆるやかに流れていく。

「ケイって、妹と弟がいるんだね」

 アサヒが笑いながら聞くと、ケイは肩をすくめる。

「まあ、全然しゃべんねぇけどな」

「……そうなんだ。うちの兄は、言いたいことあるくせに黙ってるとこあるよ」

 風が一度だけ、路地の奥をすり抜けていく。道端の空き缶が、カランと乾いた音を立てた。

「双子ってことは、顔もそっくりなんだろ?」

 ケイの問いに、アサヒは頷いた。

「一卵性だからね。鏡みたいって、よく言われるよ」

「そっか。……うちは、妹とも弟とも似てないな」

 一拍置いて、アサヒがふと問いかける。

「そういえば、最近ずっと話してるけど、家の人は心配しないの?」

 その言葉に、ケイは少しだけ間を置き、静かに笑った。

 その笑みは、夕焼けの影に溶けるように淡く、どこかとても遠かった。

「……あー、大丈夫。俺のとこは、だいたい平気だから」

 ケイの笑みに、アサヒは小さく首を傾げたが、それ以上は何も聞かなかった。

「僕そろそろ帰んなきゃ。レイが心配するから」

 そういいアサヒは立ち上がる。

「…おー、またな」

 そう言って立ち上がる。

「またね」

 アサヒが手を振り、路地を抜けていく。

 背中に夕日が差し、長い影が石畳に伸びた。ケイは、アサヒが見えなくなるまで、手を振り続ける。

 翳り始める影に、ポツリとひとり残される。しばらく無言で路地裏に座り込み、辺りが完全に真っ暗になったとき、ようやく立ち上がり、アサヒとは反対側の道へ歩き出す。

 街のざわめきから離れるにつれ、足音だけが響く。

 灯りのついていない家にたどり着き、玄関の扉を開ける。返事はない。

 靴音も、声も、誰かの気配も、どこにもなかった。

 ケイは部屋の中を見渡し、明かりをつけずにそのまま奥へと進んでいった。

 まるで、何かを確かめるまでもないというように。


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