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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第四章 甘い憧れ
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甘い憧れ

シンの小さな小瓶の見る眼差しに、レイの視線が吸い寄せられた。その一瞬の揺れを、見逃すはずがなかった。

レイはすぐに動き出した。剣も拾わずに。

ずっと気づいていた。シンの持つ危うさに。

危険な地に赴く、調査員志望であること。シンを死に導く、祖父に従順なところ。誰かに戦いを仕掛けることで、自分ごと壊したいと思っていること。

強さの奥に、どうしようもなく小さな――でも確かにある、死への憧れ。

シンは、駆け寄ってくるレイを見て、ゆっくりと剣を振り上げた。

「…なんでそんな必死なわけ?似合わねぇけど」

手から滴る血。レイは大剣を素手で抑え、もう片方の手はシンの小瓶の持つ手に向かっていた。

「俺がこのままお前の手、切るかもしんねぇよ」

声は静かだった。どこまでも、揺るぎなく。

「……それでも、何度でも止める」

ゆっくりと、シンの指が緩んだ。小瓶が手から滑り落ち、土の上に転がった。

「……お前、ほんとは賢くねぇだろ」

シンの声は、どこまでも静かで、どこか救われたようだった。


—----------------------------------------

「これは後でキサラギに渡して、調査に回そう」

小瓶を横目に、レイは、歯切れを手に巻き付けて止血していた。シンは瓶を覗き込みながら、言う。

「これが、石で作った薬なんてな」

レイは、紙袋の顔の男を思い出しながら、押し黙った。

静寂を破ったのは、頭上から聞こえる叫び声だった。

「シン! レイ! 逃げてッ!!」

ノノの声だ。

それと同時に、頭から響くような低いうなり――。空気が震えた。黒い影が、再び動き出す。レイが即座に、血に濡れていた手で剣を拾い上げる。シンは手の中の小瓶を一瞥し、ポケットに素早く入れて、剣を構えた。

闇の中、にじむように現れた無数の触手が天井から地面へと突き刺さる。粘性のある音とともに、床が砕け、石が跳ね上がる。

即座にシンが前へ出た。

「…意識を分散させるんだっけ?」

先ほどのレイの指示を繰り返し不敵な笑みを見せるシンにレイは横に足を踏み出した。

かつて、模擬戦で交わったときの感覚が、肉体に刻まれていた。

今はもう、嘘も遠慮もいらない。

シンが剣を振り抜き、触手をなぎ払う。 その一瞬の隙を、レイが駆け抜け、影の核心を探っていく。

その瞬間、影は崩れて消えていった。


—------------------------------------------

異形の影が崩れ落ち、しばしの静寂が訪れた。その先に待っていたのは、厳重に封鎖された金属扉。重厚なロック機構が幾重にも組まれ、その奥に何かが隠されている気配がした。

「……あの中だ。異形データ収集端末は」

レイが短く言った、その直後――扉の前に、ひとつの人影が立った。

鋭い目つきに、針のような空気を纏う男。整った制服、冷たい横顔。だがその口を開いた瞬間、全ての緊張が別の方向へとねじれる。この場に最も似つかわしくない、だが最も不意を突く登場をする男――兆だった。

「ここで、とりあえず邪魔をしろと、キサラギと光に言われた」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼の背から――鎖が伸びた。唸るようにしなりながら空間を裂く。その先端には、棘のついた鉄球のような塊がぶら下がっていた。

質量と殺意を兼ね備えた武器。

「…本気かよ」

すんでのところで鉄球をかわしながら、シンが呟いた。

「命までは取れないが、骨くらいは折ってもいいらしい」

その言葉に青ざめる3人。だが、容赦のない鉄球は次の瞬間、また宙を舞っていた。隙のない攻撃、理屈では通じない暴力、歴然とした実力差――こいつには敵わない。そう悟った瞬間、レイはふとキサラギの言葉を思い出す。

『理屈じゃ太刀打ちできない“馬鹿力”ってのがいる。そんな時のためにお前は――風向きを読む練習をしろ』

レイは息を吸い込んで叫んだ。

「待ってくれ!!!」

鋭い声が響き、空気が止まる。兆の動きも、鎖も、その場の時間すら一瞬凍りついた。

「…取引をしよう」

鎖をゆるやかに巻き戻しながら、兆がこちらを見やる。

「“とりあえず”って言ったな。つまり絶対に止めろという命令ではない。状況次第で判断を変えても問題ない、そういう類の任務だろう」

レイは意識的に兆の目を避け、斜め下へ視線を落とす。まるで報告書を読み上げるような、平坦な声で続けた。

「え?」

兆の眉がわずかに動く。思考が追いついていない。レイはため息まじりに、より噛み砕いて言った。

「今ここで、見逃してくれなきゃ、俺はキサラギたちに、いかにダメな試験管だったか伝える」

一瞬、兆の手が止まった。 その静止の隙を逃さず、レイは静かに言葉を重ねた。

「キサラギも光も、きっとものすごく怒ると思う」

その言葉に、兆の肩がかすかに動いた。

「…そうしたら、きっと、ものすごく大変なことになる」

カラン――

その瞬間、兆の鎖の先端がと床に落ちた。

「…と、とおれ」

兆は何かを想像したのか、ぽつりとそう言って、静かに道を開いた。シンがその背を見送りながら呟く。

「……あいつ、最初から本気じゃなかったろ」

「本気なら、最初に鎖じゃなくて首を取ってる」

レイは短く答えながら、ポケットの端末を握り直した。





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