演習開始
演習開始三十分前。
古いコンクリートの建物跡に設けられた仮設ブリーフィング室に、参加メンバーが集められていた。今日の演習は、これまでの座学や模擬戦とは違う。
「では、任務概要を説明する」
「任務形式」の本格的な実地演習——それは、命令、連携、そして“判断”が問われる内容だ。
兆が地図が貼られた白板の前に立つ。鋭い目つき。只者ではない雰囲気に、室内の空気が少し強張った。
「…あれ、南ってどっちだ」
張り詰めた空気をあっさり壊したのは、他でもない兆自身だった。
「地図も読めないなんて、さすが兆さんですね」
すかさず、傍らの光が小声で刺すように返す。そのやりとりを見かねて、キサラギが助け舟を出すように前へ出た。
「本任務は“旧遺跡区画の制圧および端末回収”。いわゆる模擬実地任務だ。目標地点はこの区画――旧・第七研究棟跡。チームで潜入し、“異形データ収集端末”を回収して、無傷で持ち帰ることが目的となる」
説明するはずだったセリフを先に取られ、兆は一瞬だけ口を開けたまま固まる。だがすぐに切り替えて、腕を組み直した。
「途中いろんなトラップがあります。戦闘も、もちろん発生します」
光が淡々と補足する。
「センパイは馬鹿ですが、戦闘力だけはそこそこありますから。攻撃を受けたら、演習中でも“戦闘不能”扱いになりますので、ご注意を」
「え……?」
兆の口から小さく漏れた声に、誰も反応はしない。
「ただし、評価対象は撃破数ではなく――連携、判断力、感情の制御。
暴走や独断行動は減点対象だ」
キサラギが静かにまとめたところで、光が締めくくる。
「“頭の悪い上官にどう従うか”という試験でもありますね」
「えっ……」
再び、兆の困惑が空気に滲む。が、全員がそれに慣れた顔をしていた。
「足手まといのおもりか。……そういうの、お前には向いてそうだな、レイ」
シンが冷たく言い放ち、挑発するようにレイとの距離を詰める。レイは無言のまま、それをただ受け止める。だがキサラギがその空気を断ち切った。
「シン」
一言だけ。その声に、空気が一瞬、凍りつく。
「演習に私情を持ち込むなら、正式な報告書に記載する。……それでもいいなら、続けろ」
シンは苛立ったように舌打ちし、顔を背けた。
「じゃ、チーム編成発表いきまーす」
光があっけらかんとした声で、再び場を回しはじめた。
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薄暗い旧遺跡の廊下に、足音が静かに響いた。
ひび割れたコンクリート。むき出しの配線。壁面に設置された古い警告灯が、チカチカと断続的に点滅している。
「なんでお前と同じチームなんだよ……」
シンがレイを睨みつけながら舌打ちした。きっとこれはキサラギの仕業だろう、とレイは先日シンの話をしたことを後悔していた。
「……喧嘩は任務が終わってからにしてね?」
その間に、やけにのんびりした口調が割って入った。
三人目のメンバー――ノノ。 首を傾げ、花の刺繍が入ったポーチを背にして立っている。一見、ただの優等生か、手伝い係に間違えられそうな気配。レイは小さく息を吐き、通信端末を起動する。
「チッ……ふざけた編成だな。何が“連携重視”だよ、こんな坊ちゃんと行動するより、一人の方が動きやすいんだろ」
「…勝手に動くな。減点になるぞ」
言葉の応酬の間も、レイの視線は前方から外れない。小さな物音。空気の揺れ。何かが、近づいてきている。
「来るぞ」
その一言の直後、通路の先から黒い影が遠くで揺れていた。
レイが前に出ようとしたその瞬間、シンが強引に横から飛び出した。
「邪魔すんなよ。坊ちゃんは隅で震えて待ってろ」
そういい先に進もうとするシン。次の瞬間、通信用タグから光の声が響いた。
『注意。独断行動により評価-2点。連携行動を推奨します』
「……うぜぇ」
シンが毒づく中、レイは深く息を吐いた。