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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第四章 甘い憧れ
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夕闇の中の再会

夕暮れ時の通学路。アサヒはひとり、ため息を吐いた。

レイは明日の任務演習の準備で、いつもより早く帰宅した。ひとりきりの下校は、慣れていないわけではないのに今日は妙に足取りが重い。

(……なんか、疲れたな)

午前の座学。術式や応用医学の基礎知識。板書は追えるけど、言葉が意味を成さない。

昼休みに後ろから聞こえたクラスメイトのひそひそ声が、まだ耳に残っていた。

「なぁ、あいつだろ剣を抜いたやつって?」「初等部の時はいなかったよね?」

「どこの病院の子だろう」「親が医者なんじゃない?」

悪口ではない。でも、どこか湿った空気を含んだ、にごった言葉たちだった。

「あ…あの!」

この空気に耐えられず、アサヒは声を上げる。

「僕、アサヒっていいます。よろしく……。みんな、小さいころからお医者さん目指してるんだね」

目の前のクラスメイトは、一瞬顔を見合わせてから、冷めた口調で返してきた。

「うん、親が医者だし、継がなきゃいけないからさ」

「で、君はなんで医者になりたいの?」

剣を抜いたことは、もうみんな知ってる。でも誰も、それを口に出しては言わない。

そこに“理由”がなければ納得しないような、どこかぬるくて重たい沈黙がクラスを覆っていた。

そんな昼間のことを思い返しているうちに、歩く速度がゆっくりになっていた。遠くの空で、夕焼けがゆっくりと光を失いかけている。風のない、少し肌寒い空気だった。

ふと、小さな路地から誰かが出てきた。見慣れたシルエット。

その人物がこちらを向いた瞬間、目が合った。

「……ケイ?」

「お前、アサヒか!」

あの時と変わらない面影に、アサヒの顔がほころぶ。あのサーカスの火事のあと、ケイの姿は見えなかった。もしかして巻き込まれてしまったのではないかと、ずっと心配していたのだ。

「い…生きてた!よかった!!」

アサヒは思わず駆け寄り、潤んだ目でケイの胸元に顔をうずめた。


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「伝えられなくて、悪かったな!あの火事でもう逃げるのに必死で、、」

ケイは頭をかきながら、バツの悪そうに笑った。

アサヒとケイは、街の裏路地にある空き地のブロック塀に腰を下ろしていた。

時間が経つにつれ、夕焼けの色は濃くなり、街灯がゆっくりと灯りはじめていた。

「サーカス団はもうバラバラだ。団長も、行方わかんねぇしな。しばらくは、隠れてたよ。いろんな人に助けられて……。今は、あの町の教会の手伝いしてる」

「教会……?」

「まあ、食わせてくれるとこならどこでもよかったってのが本音だけどな」

ケイは、冗談めかして笑う。その笑顔にアサヒは昼間の出来事も癒える思いがした。

今日一日で初めて「安心できる」空間だった。

「……また、会えてよかった」

アサヒがぽつりとつぶやいた。

「おう。また会おうぜ。何回だって」

ケイは立ち上がると、背中越しに手を振った。

夕闇の中に、彼の背中がゆっくりと溶けていった。

アサヒは、しばらくその場に座ったまま、あたたかな余韻に包まれていた。




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