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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第四章 甘い憧れ
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風向きの読み方

 風が鳴った。

 乾いた土の地面を掠めて吹き抜ける音に、レイはふと立ち止まった。演習も中盤に差し掛かり、自稽古の時間にさしかかった時だった。ふと、思い出したのは以前に言われたキサラギの言葉だった。

『お前は、状況判断が高いのと身体の使い方が上手い。力こそはないが、相手の力を利用するのが得意だ。だがたまにそんな理屈じゃ太刀打ちできない“馬鹿力”ってのがいる。そんな時のためにお前は――風向きを読む練習をしろ』

 目を閉じて、レイは耳を澄ます。地形、匂い、鳥の声、そして風。すべてが、状況を知らせる「気配」だった。

「おい、“坊ちゃん”。演習中に居眠りか?」

 聞き慣れた声が響く。木剣を担いで現れたのはシンだった。にやりと挑発的な笑みを浮かべている。

「そんな地味なことしてるより、俺と手合わせしたほうが早いだろ」

 周囲がざわつく。どうやらまた「始まった」らしい。レイは静かに木剣を手に取り、呟く

「……これも“風向き”だな」

 数秒後、打ち合いが始まった。

 シンの攻撃は鋭く、そして容赦がない。昔から、奴は力で封じ込めようとしてくる。合気道は、万能ではない。力を利用するとはいえ、相手が圧倒的な“力”を持っていれば通用しない。だからこそ、集中力を要する。レイはキサラギのいうことは十分理解していた。

 シンの足が大きく踏み込まれると、ゆるく上がっていく木剣の気配を感じた。それと同時にレイは目を瞑った。

 ーーああ、これは俺の得意なやつだ。

 レイは静かに木剣を手放す。そして、振りかぶるシンの横へ滑り込み、彼の手に重ねるように触れる。瞬間、シンの身体は中を浮いていた。

「俺の得意な技くらい、知ってただろ」

 歓声が上がった。

「すげぇ!」

「素手で倒したぞ!」

 レイは周りの対応に申し訳なさそうな顔をし、少し顔を伏せ気味に答える。

「…いや、これはたまたま得意な技で…」

 シンの表情は怒りで歪んでいた。

「…くそが!!」

 木剣を叩きつけ、レイに背を向けて立ち去った。

***

 すっかり暗くなった演習場。

 シンはひとり、黙々と木剣を振っていた。昼間の敗北が、身体の奥で燻っていた。

 思い出すのは、あの顔。

 申し訳なさそうな、卑屈で、それでいて自分よりも遠くにいるような――あのレイの顔が、許せなかった。

「…くそッ…クソがっ…」

 苛立ちと共に木剣を地面に叩きつけた。転がった木剣が、誰かの足元で止まる。そこに立っていたのは――紙袋を被った男だった。何も言わず、男は指をすっと“こちらへ”と示す。

「……なんだよ、お前。……ふざけてんのか?」

 返事はない。ただ、袋の内側で――目が赤く光った。その瞬間、シンの背筋に、冷たい何かが走る。

 (こいつ――)

 音もなく、静かに。けれど確実に、シンの中で何かが傾きはじめていた。


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