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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第四章 甘い憧れ
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影の長さのはかり方

 打ち合いの音が止み、号令の声が響いた。

「今日はここまで! 各自、武具を整備して解散!」

 夕方の空が淡くにじむ訓練場の片隅で、レイは黙々と籠手の汚れを布で拭っていた。鉄と汗の匂い。土の跳ねた痕が、今日もちゃんと動けた証のように感じる。

「なあ、お前――」

 隣に座り込んできたのは、隣班の少年だった。きつめの目元とは裏腹に、口元に愛嬌がある。

「身体の使い方、めっちゃうまいな。なんか武道とかやってた?」

「合気道、少しだけ」

「へえ、やっぱ。出身どこ?」

「北のほう。小さい診療所の近く」

 その言葉に、すぐ後ろで手を止める音がした。

「それって、シンの故郷の近くじゃん! おーい、シン、同郷だってさ!」

 少年が大きく手を振ると、茶髪の短髪が、レイの正面に立つ。名前はシン。このクラスで圧倒的な実力と存在感を持ち、同時に喧嘩っ早いことでも有名だった。レイはシンのことをよく知っていた。

「なんだ、弟の引っ付き虫の坊ちゃんが、どうしてこんなところにいるんだよ?」

 シンはニヤつきながら、レイの顔の横にある壁へドカリと足を突き出す。

「おとなしく椅子に座って、弟の番でもしてりゃいいのによ」

 レイはその言葉に、顔を上げた。一瞬だけ目が合い、シンの目が鋭く細められた。

「ここは戦う場所だろ」

 レイは足をどけることもなく、静かに言った。

「だったら、俺はここにいていいはずだ」

 数秒の沈黙。やがて、シンは笑った。

「へえ。まあ――期待しとくわ、“お兄ちゃん”」

 笑い声を残して離れていく背中を見ながら、レイは胸の奥で何かがざらつくのを感じていた。

***

 訓練が終わったあとの帰り道、アサヒとレイは並んで歩いていた。

 空は朱に染まり、舗装の甘い石畳の上に、長く影が伸びていた。風はやや冷たく、春の終わりを予感させる。

 しばらく無言で歩いていると、石垣の角を曲がった先に、ひとりの男が立っていた。

「遅かったな」

 キサラギだった。灯りのともった街灯の下、外套の裾が風に揺れている。

「どうだ、学校は」

 その言葉にアサヒは昼の出来事を思い出す。教室中から向けられた、無言の視線。

「ど、どうかなぁ…なんかちょっと、変な目で見られてる気がする」

「…まぁ、それは仕方ないだろう」

 困ったようなアサヒに、キサラギは淡々と応じた。そして、レイのほうに視線を向ける。

「まずまずかな…あー、でもシンがいたな」

 その名に、アサヒがすぐ反応する。

「シンって、同じ道場だったシン?」

 レイは表情を変えずにうなずいた。

「ああ。口が悪いのは変わってなかったけど」

 キサラギは、軽く顎に指を添えながら言った。

「ツキミヤ・シン。管轄の記録にあるな。そこそこ成績は良いが、荒っぽいところがある。衝動的な行動も多い、たしか調査員希望だったはずだな」

「そうなんだ、レイと一緒だね」

「…なにかと突っかかってきてめんどくさいんだよな」

 レイが小さくため息をついたとき、アサヒがさらりと言った。

「シン、レイのこと大好きだもんね」

「……は?」

「え?」

 その場に一瞬だけ妙な沈黙が流れた。風が、どこか遠くで旗を鳴らす音を運んでくる。


アサヒは基本、空気が読めません。

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