影の長さのはかり方
打ち合いの音が止み、号令の声が響いた。
「今日はここまで! 各自、武具を整備して解散!」
夕方の空が淡くにじむ訓練場の片隅で、レイは黙々と籠手の汚れを布で拭っていた。鉄と汗の匂い。土の跳ねた痕が、今日もちゃんと動けた証のように感じる。
「なあ、お前――」
隣に座り込んできたのは、隣班の少年だった。きつめの目元とは裏腹に、口元に愛嬌がある。
「身体の使い方、めっちゃうまいな。なんか武道とかやってた?」
「合気道、少しだけ」
「へえ、やっぱ。出身どこ?」
「北のほう。小さい診療所の近く」
その言葉に、すぐ後ろで手を止める音がした。
「それって、シンの故郷の近くじゃん! おーい、シン、同郷だってさ!」
少年が大きく手を振ると、茶髪の短髪が、レイの正面に立つ。名前はシン。このクラスで圧倒的な実力と存在感を持ち、同時に喧嘩っ早いことでも有名だった。レイはシンのことをよく知っていた。
「なんだ、弟の引っ付き虫の坊ちゃんが、どうしてこんなところにいるんだよ?」
シンはニヤつきながら、レイの顔の横にある壁へドカリと足を突き出す。
「おとなしく椅子に座って、弟の番でもしてりゃいいのによ」
レイはその言葉に、顔を上げた。一瞬だけ目が合い、シンの目が鋭く細められた。
「ここは戦う場所だろ」
レイは足をどけることもなく、静かに言った。
「だったら、俺はここにいていいはずだ」
数秒の沈黙。やがて、シンは笑った。
「へえ。まあ――期待しとくわ、“お兄ちゃん”」
笑い声を残して離れていく背中を見ながら、レイは胸の奥で何かがざらつくのを感じていた。
***
訓練が終わったあとの帰り道、アサヒとレイは並んで歩いていた。
空は朱に染まり、舗装の甘い石畳の上に、長く影が伸びていた。風はやや冷たく、春の終わりを予感させる。
しばらく無言で歩いていると、石垣の角を曲がった先に、ひとりの男が立っていた。
「遅かったな」
キサラギだった。灯りのともった街灯の下、外套の裾が風に揺れている。
「どうだ、学校は」
その言葉にアサヒは昼の出来事を思い出す。教室中から向けられた、無言の視線。
「ど、どうかなぁ…なんかちょっと、変な目で見られてる気がする」
「…まぁ、それは仕方ないだろう」
困ったようなアサヒに、キサラギは淡々と応じた。そして、レイのほうに視線を向ける。
「まずまずかな…あー、でもシンがいたな」
その名に、アサヒがすぐ反応する。
「シンって、同じ道場だったシン?」
レイは表情を変えずにうなずいた。
「ああ。口が悪いのは変わってなかったけど」
キサラギは、軽く顎に指を添えながら言った。
「ツキミヤ・シン。管轄の記録にあるな。そこそこ成績は良いが、荒っぽいところがある。衝動的な行動も多い、たしか調査員希望だったはずだな」
「そうなんだ、レイと一緒だね」
「…なにかと突っかかってきてめんどくさいんだよな」
レイが小さくため息をついたとき、アサヒがさらりと言った。
「シン、レイのこと大好きだもんね」
「……は?」
「え?」
その場に一瞬だけ妙な沈黙が流れた。風が、どこか遠くで旗を鳴らす音を運んでくる。
アサヒは基本、空気が読めません。




