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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第四章 甘い憧れ
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遠い勇者の物語


 鉄と消毒液の匂いが混ざり合う研究室。手術台の上には、小さな二つの体が並んでいた。 胸は動かず、白布がその輪郭を覆っている。胸は動かず、白布が首元までかけられている。天井の蛍光灯が、白衣の男の影を無慈悲に浮かび上がらせていた。

 白衣の袖には乾いた血がこびりついている。それを拭おうともしないまま、ただその場にいた。

 扉が音を立てて開き、同じ顔を持つ男が駆け込んでくる。彼は状況を理解するより先に、その光景に言葉を失った。

「…俺は、みんなのたくさんの最愛を助けてきた」

 男はぽつりぽつりと短い言葉を紡いだ。男が、白布の上からそっと犬の頭をなでる。その手は震えていた。


「こんなのは、あんまりじゃないか?」


 それは、誰より強かったはずの男の心を、静かに、確かに折った。


***

 春の光が教室の窓から差し込み、机の上をゆっくりと移動していく。

 アサヒは、うっすらと眠気の残る目をこすりながら、机の上のノートを開いた。ページの端に、自分で描いた落書きのスケッチがのこっている。

 剣を持った人影と、巨大な黒いもの。

「さて、これはただの伝承として聞き流してもいい。だが、我々の歴史には奇妙な一致が多すぎる。この国には、“病が流行るとき、一本の剣が光り、それを抜いた者が現れる”という記録がある」

 教師はチョークを握り、黒板に「剣と病」と書いた。

「この“剣を抜く者”――“勇者”として称えられ、だが勇者は戦士とは限らない。医者、薬師、研究者。皆、命を癒す力を持つ者、つまり“ヒーラー”だった」

 教室には、真面目にノートを取る者もいれば、窓の外をぼんやりと見つめる者もいた。

「とくに数年前の疫病では、“ある人物”が剣を抜き、感染拡大を止め、ワクチンを作り出した。その功績により、人々はまた平穏を手にした――が、それも長くは続かなかった」

 教師は黒板に「神殿の振動/勇者の死」と書き加えた。

「“神殿”というのは、はるか高所に存在する誰も近づけない古代構造体で、地鳴りや振動が観測されると、それは“災厄の前兆”とされてきた。前回の神殿の振動の直後、疫病の“亜種”が発見され、勇者は神殿へと向かったまま――帰らなかった」

 一瞬の静寂。教師の声が、さらに低くなる。

「…一説によると、魔王が“感染源”だと言われている。今から約三百年前。当時の人々は魔王を恐れ、予防や分離、被検体の使用、そしてワクチン開発が行われた」

 黒板に次々と書き連ねられる単語。予防。分離。ワクチン。被検体。

「だが、“魔王”を見た者はいない。映像も記録も残っていない。ただ、そこに“死”と“恐怖”があった」

 その時、誰もが真剣に教師を見ていた。

「死に怯えながら、しばらく過ごしていた我々だが、最近、“剣が光り、誰かがそれを抜いた”という情報が、政府筋から非公式に流れた」

 教室中の視線が、アサヒに一斉に集まる。


 滑り落ちたペンが、机の上で転がり――止まった

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