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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第三章 奪われたプリマ

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猛獣使いのピエロ

 ニアが走り抜けたあと、アサヒは昇降口に向かって走っていた。早く剣を手に入れなければ、ニアがいつまで逃げ切れるかもわからない。やっとの思いでたどり着いた入り口。扉に手をかけようとしたその瞬間――目の前に、見覚えのある人影が立っていた。

 アサヒの剣を右手に持ち、紙袋をかぶったあの男だった。だが、その瞳からは、さきほどの赤い光が消えていた。アサヒは身構える。だが、男は意外な行動をとった。無言のまま、右手の剣をアサヒの方へと、そっと傾けて放ったのだ。床を滑るように、剣はアサヒの足元で止まる。

 そして男は、二、三歩ゆっくりと後ずさると、アサヒに背を向け、静かにその場を離れていった。

 ――なぜ。

 一瞬、アサヒは動けずにいた。けれど、今は考えている場合じゃない。ニアが危ない。剣を拾い、アサヒはすぐさま踵を返して走り出した。

***

 そのころニアは、階段を駆け上がり、廊下を走り、また別の階段を下っては逃げていた。

 もともと戦闘には不向きな身体。呼吸は荒く、足も限界を迎えようとしている。

 それでも、この逃走劇を、諦めたくはなかった。だが、限界はすぐそこだった。足がもつれ、視界が揺れる。

「……っ」

 それでも走る。気力で、根性で、足を動かし続ける。そのときだった。

 ――パシンッ。

 乾いた音が廊下の奥から響いた。顔を上げたニアの視界に、ピエロの仮面が映る。白塗りの仮面。笑みを浮かべた口元。けれど、目だけが――どこまでも静かに、沈んでいた。ピエロは、手にしていた鞭をひと振りする。それに応じて、ニアの背後にいた猛獣が、一瞬、動きを止めた。

「…テオ」

 その名を口にした途端、ニアの肩が大きく揺れた。前には異様な空気を纏ったテオ。

 背後には、いつ再び襲いかかるか分からない猛獣。完全に、逃げ道を失っていた。

「ニアも、男の子だったんだね」

 テオは静かに呟きながら、少しずつ近づく。

「じゃあ、プリマになれないね」

 鞭が再び空を裂いた瞬間――

「ニア!」

 駆け込んできたのはアサヒだった。息を切らしながら、剣を握る手は強く、まっすぐにテオを睨みつけていた。

「遅いよ……!」

 ニアが弱々しく言いながらも、どこかほっとした笑みを浮かべた。

 テオが指を鳴らす。猛獣が再び動き出す。それはもう、実体のある肉体ではなく――誰かの記憶が織り交ぜた、“意志の塊”だった。怒り、恐怖、そして深く沈んだ悲しみの感情が猛獣の形を取り、咆哮を上げる。アサヒが剣を構え、猛獣に向かって駆け出す。

 ニアがスケッチブックを開き、鉛筆を走らせる。描いたのは光――希望の光だ。

 剣が、その光を受けて白く輝き出す。アサヒが猛獣へと駆け、剣を振り抜く。

 光が貫き、猛獣が叫び声を上げながら、炎となって弾けた。爆ぜる赤い炎が、廊下を飲み込む。カーテンを、壁を、天井を――すべてを焼き尽くす。

「火……!」

 ニアが目を見開いた。校舎はみるみる火に包まれ、外のテントにも燃え移っていく。その場に立ち尽くすテオ。燃え盛る炎を前に、鞭を手にしたまま、ただ、呆然としていた。

「……やっと」

 その唇が、かすかに動いた。

「やっと、全部……なくなる」

 その声には、安堵にも似た、諦めのような響きがあった。アサヒは燃え残った猛獣の欠片の中に、ひときわ光る“石”を見つけた。


 それは、かつてニアの姉――メアが持っていた、“才能の石”の欠片だった。


猛獣怖いのに、猛獣使いにさせられるテオの気持ちを考えたら、胃が痛くなりました。

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