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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第三章 奪われたプリマ
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檻の門番

小さいころの記憶は、鉄の匂いと猛獣の匂いだった。

荒ぶる猛獣の傍らに横たわる、小さな弟の上に、幼いクララは覆いかぶさった。


「…素晴らしい演目だね、とても美しいきょうだい愛だね」

その様子を終始笑顔で見届けていたのは、爛れた顔の男だった。

「きみがこのまま弟と美しい演目を見せてくれるなら役割を与えようね、きみは檻の門番だ、門番は、檻の鍵を持てる」

それは救いの言葉に聞こえた。――でも、それはただの勘違いだった。

それは“他の子を閉じ込める側”になるという意味だった。泣いている子、逃げたがる子。そんな子たちを“プリマ”にするために、正していく。

男の子は大きくなると用済みだと、団長は言った。クララは知っていた。弟も、いずれ“排除”される運命だった。私はその未来を、少しでも――少しでも遠ざけるために、手段を選ばなかった。

感情を捨てた。

気づくことを捨てた。

優しさを、捨てた。

もうここまで来たら、後戻りはできなかった。


------------

校舎の吹き抜け――がらんどうの廊下に、冷たい風が吹き抜けた。

「レイは……何のために戦ってるの?」

クララが、細身の体を弓のようにしならせて構える。トウシューズの底が、乾いた音を立てて床を叩く。レイは剣を構えたまま、何も言わない。

「……あなたは賢くて、人の感情に敏感で、優しすぎる」

クララの足元が揺れた瞬間、彼女は空気を裂いてレイの懐に飛び込んだ。

鋭い蹴りを、レイは剣の腹で受け止める。だがその衝撃に一歩、後退する。

「私はそんな“やさしい子”が大嫌い。そんなのじゃ、誰も守れない!」

クララの背から、ワイヤーのような影が複数伸びる。それらが鋭い軌道でレイを襲う。レイは表情一つ変えず、低く身を沈めると、鋭い突きを放ち、さらに一歩踏み込んで剣を振り抜いた。だがクララは、それを読んでいた。しなやかな跳躍で、斬撃をかわす。

「…クララが子供たちを“折”に閉じ込めていた理由、知ってるよ」

レイの問いに、構えを崩さぬままクララは悲しげに微笑んだ。

「…はじめは、私もおなじだったのよ?」

その声は、諦めにも似た静けさを帯びていた。

「テオって男の子でしょ?団長は男の子は大きくなると用済みだって、よく言ってたわ。でもね、私には、大事な弟なの」

その名が出た瞬間、クララの額に埋め込まれた石がピキリと音を立ててひび割れた。石の亀裂は、皮膚を伝って顔にまで広がっている。レイはそれが意味するものを知っていた。才能の石を体に埋め込むことの、代償を。

「ねぇ、レイ、あなたにならわかるでしょ?」

悲哀の滲む瞳が、一瞬で無表情へと切り替わる。次の瞬間、クララの回転蹴りが襲いかかった。レイは避けきれず、肩に衝撃を受け、壁へと叩きつけられる。肩が焼けるように痛む――骨がやられたかもしれない。それでも、レイの目は揺るがなかった。

「……あんたも、助けるよ……痛みも全部、引っくるめて」

レイの静かな叫びとともに、渾身の一撃が放たれる。 クララの爪先がレイの頬をかすめ、赤い線を刻む。だが――レイの剣は、クララの肩を確かに捉えていた。二人が距離を取り、沈黙が落ちる。微かに血を流しながら、クララが笑った。

「……あなたがもっと、クズだったらよかったのにね」


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