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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第三章 奪われたプリマ
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沈黙のバレリーナたち

 学校での公演は、いよいよ明日に迫っていた。

 キサラギが先日、バーで対峙したあの下品な男は、サーカス団の団長と気味の悪い笑みを浮かべながら談笑していた。

「うちの空き教室は、演者さんにも自由に使ってもらって構いませんよ。いつもひいきにしてもらってるんでね。どうぞ、ご自由に」

 キサラギは、そのやりとりを静かに見守っていた。

「良ければ、サーカス団の中も少し見ていくか?」

 そう持ちかける男に、キサラギは営業用の笑みを浮かべて、短く答える。

「ぜひ」

「ここのバレリーナたちは有名でね。地元じゃちょっとした人気者だ」

 男に案内され、キサラギは踊る少女たちを一瞥した。まるで、感情の抜け落ちた人形のような動き。気味の悪い光景だった。

「……美しい子たちですね」

 キサラギがそう告げると、男は満足げに鼻を鳴らした。

「もっと面白い場所があるんだ」

 そう言って、男は別のテントへと彼を誘った。

 テントの幕がめくられた瞬間、キサラギの喉がひきつった。そこにあったのは ――すでに原形をとどめていない猛獣たち。そして、まるで玩具のようにもてあそばれたであろう、無数の少女たちの残骸だった。

***

 午後、練習前の休憩時間。

  アサヒは人目を盗んで集まった仲間に、束ねたメモを差し出した。

「これ、言われてたカメラの位置とテントの配置。それと、明日から使う学校の見取り図」

 キサラギは黙ってそれを受け取る。

「ずいぶん、きな臭い男がいるな」

 レイが低く言い、隣でニアが視線を落とした。

「……こっちも、ブローカーと繋がって探ってる最中だ」

 キサラギは少し言葉を詰まらせながらも言った。

「……団長は、ずっとあの子を求めてる」

 キサラギは眉を顰めるが、すぐにいつもの表情にもどした。

「…メアか?」

 キサラギの一言にニアは少し目を見開く。なぜ、キサラギの口から今メアの名前が出るのか不思議だった。

「…まだ、確実ではなかったから、伝えられなかったが、あの団員たちに埋め込まれてる、石の欠片たちは、お前の姉のメアの石だ」

 ニアは目を見開き、次の瞬間、キサラギの胸倉をつかんだ。

「…どうしてーーッ!」

 しかし、キサラギの目を見た瞬間に、ニアはつかんだ手が緩む。キサラギの目の奥がものすごく怒りに満ちていたのがわかったからだ。きっと今キサラギは誰よりも怒っていた。

「戻れ。そろそろ時間だ」

 そう告げられ、レイが無言でニアの手を取り、連れていく。アサヒは、去っていくニアの背を見送りながらつぶやいた。

「……ニア、大丈夫かな」

 キサラギは一度、目を伏せてから答える。

「あいつは、大丈夫だ」

「……どうして、そんなふうに言えるの」

 アサヒが問いかける。

 キサラギはふと、アサヒにだけ視線を向けて、なにかを言った。


「あいつはーーーーーーー」


 キサラギの声は小さく響いた。アサヒの表情がほんのわずかに変わる。驚きでも、納得でもなく――ただ、心の奥に沈むような感情だった。

 数秒の沈黙ののち、キサラギは無表情に戻り、踵を返す。

 残されたアサヒは、その場に立ち尽くしながら、胸の奥に言葉の“重み”だけを静かに感じていた。


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