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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第三章 奪われたプリマ
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演目

 掃除係としてサーカスに潜入してから、すでに数日が経っていた。どうやら今は、次の公演に向けた練習中らしく、どこかの学校でのイベントが控えているようだった。キサラギは調査員の中でも比較的年齢の低いアサヒたちに、今回の潜入任務を命じた。当の本人はというと――

「俺は俺のルートから探る。ちゃんと、何かあったらすぐ行ける圏内にいるから、安心しろ」

 そんなふうに曖昧な言葉だけを残して、どこかへと消えていった。一応全隊の指揮役ではあるのだが、こういうときのキサラギは、やたらふわっとした指示しか出してこない。

(紫の方がよっぽど指示、分かりやすいよな)

 アサヒはモップを両手に、床をこすりながら、そんなことをぼんやり考えていた。

「アサヒ、ちゃちゃっと終わらせて、サボろーぜ」

 小声で話しかけてきたのは、金髪で小さく後ろでひとつに結んだ少年だった。ケイ――アサヒより少し年上で、同じく掃除係。潜入以来、同室を命じられてから何かと一緒にいる。

(なんか、既視感あるんだよな……)

 ぼんやりと脳裏に浮かんだのは、目の下に刺青を入れた、暗い赤髪の男の顔だった。

「でも、今日の分、結構多いよ?」

 アサヒは控えめに返す。するとケイはニヤリと悪戯っぽく笑った。

「隅から隅まで律儀に掃除してんの、ここじゃお前くらいだって」

「おーい、聞こえてるぞ?」

「おぉおおう!!」

 ケイがびくりと肩を震わせて叫び、アサヒも跳ね上がる心臓を落ち着かせようとする。

 気づけばすぐ後ろにピエロが立っていた。あの化粧顔が至近距離にくるのは、いくらなんでも心臓に悪い。

 しぶしぶモップを握り直すケイ。その隣で、アサヒも静かに床をこすりはじめた。


***

「ーーーーーーーーーッ!!!!」

 レイの声にならない悲鳴が、バレエのレッスン室に響いた。

「…あなた、ほんとに身体硬いわね」

 レイの上半身を押す、コーチの声が頭上から降ってくるが、レイはそれどころではなかった。早く、背中を押すその手を止めてほしい。

 一方でニアは、すでにほかの団員たちとともに優雅に足を上げていた。

「さすがにあの子は上達が早いわね」

 ニアの澄ました顔をレイは恨めしそうに睨んだ。それに気づいたニアはバツが悪そうに顔を俯ける。

「そこ!!!下を向かない!!!!!」

 コーチの怒号が飛び、ニアはピンと背筋を伸ばして顔を上げた。

(……なんで、こんなことしてんだっけ)

 レイは、任務のたびにこんなふうに思っている気がした。そんなこと考えていると、練習室の入り口がざわつき始める。

「団長が来たぞ」 「今回の演目の発表かしら」

 そちらに目を向けると、大きな帽子を目深にかぶった、顔に火傷の痕を持つ男が立っていた。

「……団長に気に入られるといいわね」

 コーチが低い声で、レイの耳元に囁いた。男はゆっくりと歩み寄り、ニアの前で足を止め、少し目を見開いた。そして、じっと見つめる。目を見開いて、何かを確認するように。ニアは不安げに眉を下げ、男を見返した。

「…おい、あの曲を流せ」

 男の指示で、近くの団員がスピーカーの操作に向かう。会場には静かに音楽が流れはじめた。それは――ニアがよく知っている曲だった。音が流れた瞬間、記憶がフラッシュバックする。

 白く小さな手、優雅に伸びる脚、微笑みを浮かべて踊る、ニアにそっくりな少女の姿。 そして、聞こえるはずのない大歓声。

 それは、かつてプリマだった姉が、最後に踊った曲だった。


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