孤独な彫刻家
学生のころから、クラリッサはずっと――孤独だった。
私はいつも普通にしていたのに、なにをするにも、周りは私を好奇な目でみた。私はただ作品を作っていただけだった。けれど、どんな場面でも“特別”の烙印が押された。記憶の奥で、誰かの声が呼応する。
「クラリッサって、教授たちにめっちゃ好かれてるよね」
「この前も大きな作品作って、いろんな人が手伝ってたよね」
私はある日、長かった髪をばっさりと切った。誇りでもあったのに、なにかを断ち切るように。
「クラリッサさん、どうしてそんな作品が作れるんですか?」
「やっぱり、技術とかそれだけじゃ語れない生まれつきの才能ね」
違う、私はずっと石を削って、ただ作り続けてきた。生まれたときからずっと、そうしたくて、やってきただけ。それだけなのに。
「…アートみたいな高尚なもんはよくわからないよ。まぁ、君が相手してくれるなら展示の件も考えてあげなくもないけど」
私の作品は言葉だよ。ただ伝えるための手段で、そんなものではないの。そうやってある意味見下してるんだ。
「みんな、お前の持ってるもんが喉から手が出るほどほしいんだよ」
持ってなんか、ない。ずっと――持ってなんかいない。
私はよく知っている。意識された悪意も。
「先生、でもそうやって、褒められて、認められることって、誰も損しないでしょ?」
無意識の悪意も――よく、知っている。
まばゆい光が放たれた、その瞬間。私は、冷たい水の中から解き放たれた。そして、自分の作品が音もなく崩れ落ちていくのを、ただ見ていた。
――わかってほしいなんて思ってなかった。
でも、私は、たった一度でいいから、私の声を、聞いてほしかった。
***
石膏の匂いがむせ返るほどに充満した、広大な展示会場。ニアはこの光景をよく知っていた。起きてほしくない、少し先の未来がとうとう目の前に来てしまった。
「ねえ、クラリッサ…なんで…?」
届かないと知りながら、声が漏れた。これまでも、これからも。僕の声は、届いた試しがない。
彫刻の前に立つその女性が、ゆっくりと振り返る。夢で見たままの、美しい姿――。赤く塗られた唇が、静かに開いた。
「あなたが見ているのは、私じゃない。あなたが信じたい“女神”でしかないわ」
瞬きの間に、その姿は――いつか見た、ツインテールの少女へと変わっていた。
***
『先日行われた国内最大規模の芸術展にて有名なアーティスト達の展示が行われました。その中でもクラリッサ・ノアールさんの作品が注目を集めています。展示されたのは完成された彫刻を自ら破壊し、会場内に砕かれた断片としてちりばめたというインスタレーション。要所要所に、黒く美しい石が混ざっているのも印象的です。それでは芸術評論家のエリオットさんにお話をお聞きしましょう。』
『いやあ……素晴らしいですね。これぞ“アート”。言葉を失いましたよ……』
静かな部屋に流れるラジオの音を、ニアは音もなく――消した。