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朝の光

「ずいぶんと若いお医者さんだな」

 それがはじめてアサヒを見たときのタカセの第一声だった。

 目の前の少年は少し不安そうに眉を下げた。タカセは手の甲には輝く緑の石を見つめる。

 こんな子供でも危険な任務に放り込まれるのか――その現実に、タカセは住む世界の違いを感じた。

 ふと脳裏にヤナギの顔が浮かぶ。だがそれも一瞬で、すぐに目の前の少年へと意識を戻した。

「俺は、一番確実で腕のいい医者を頼んだはずだが?」

 別に責める気もしなかったが、あえてこの言葉を選んだ。

 今まで石のある人間をある程度見てきた。調査隊についても自身の寄付先でもあり、依頼をすることも多々あったので適当な人間を寄越してこないのも知っていた。

 だが何となく、経営者としての悪い癖で、言葉に締まりを持たせてしまう。

「……腕がいいかはわからないですけど、必ずお届けします。海の向こうに」

 頼りなげな表情とは裏腹に、その声音は揺るがなかった。

 儚いのに、妙に存在感を放っていた。まるで――ヤナギのように。

「はは、頑固そうな子だね」

 石つきってみんなこんなものなのかとタカセは笑った。

 その時の呆気に取られた少年の顔は、死期の近い老人さえも笑わせてくれた。


***

「許さなくていいんじゃね?別に。一生恨んでこーぜ」 

 その無邪気な光に、タカセは思わず見とれていた。

 月明かりに照らされた笑顔は、無邪気で、毒のように甘かった。

「……結構激しいこと言うんだな、バンドマンっぽい」

 毒を薄めるかのようにタカセは自身の得意な軽い口調を披露する。

 ヤナギはその言葉にへらりと笑いながら、短く「だろ?」と返す。

「……恨み言でもあんの?」

「……そりゃあもう、いっぱい。すぐグリンピース入れる店だろ?おしゃれぶって薄い味付けの飯屋だろ、あとは……」

 指を折りながら語るヤナギにタカセは吹き出す。

「飯ばっかじゃん」

 ヤナギは珍しそうに目を丸くした後、嬉しそうに笑った。

「食べ物の恨みは恐ろしいんだよ。あと綿あめも嫌い、食った気しないから」

「パクチー入ってる料理とか?」

「あ、それは好き」

「わかんねーやつ」

 呆れながらも、タカセは耳を傾けていた。

 ――このまま聞いていたかったから。

「タカセは?嫌いなもんないの」

 自分に話を振られると思っておらず、一瞬沈黙する。

「基本なんでも大丈夫」

 いつもなら、適当に肉だのなんだの答えるが、ヤナギには何となく本当のことを離してしまった。

「えー、つまんな。好きな食べ物は?」

「それもあんまり。腐ってなかったらなんでも」

「……それはみんなそうだろ」

 あきれ顔のヤナギの顔もずっと見入ってしまう。

「俺はハンバーグとか好き。あと食べ物以外だったら、歌うこととか」

 それは知ってると心の中で思いながらタカセは静かに聞いた。

「……将来デビューしたら、後から週刊誌とかにとりあげられるかも。マフィアとつながりが!みたいにさぁ」

「マフィアじゃねぇし」

 軽口のようにヤナギが笑う。責めてるようでそうじゃない口調。

 くだらない話をしているうちに、空がどんどん明るくなっていく。

 ほんの少しまぶしさに目を細めていると、ヤナギはほんの少し悲しそうに笑った。


「いつか、好きなものも嫌いなものも語れるようになればいいな」

 ヤナギはいつも毒のような、呪いのような言葉を吐く。

 それは不意に、しかもかわせないくらいの強い言葉で。

 ほんの少し先に歩を進めるヤナギの顔は乱反射する朝日の逆光で良く見えなかった。

 それはわざとなのか何なのかわからないが、タカセは目を細めながらもヤナギを見つめた。

 次の瞬間、ふいに世界が暗くなった。

「……目、焼けるぜ」

 自分の両目に、そっと彼の手が置かれていた。

 澄んだ声は、揺らぐことなく真っ直ぐに届く。

 あの時と全く同じシチュエーション。

「手、つめた。生きてる?」

 タカセは愛おしそうに過去に放った言葉をなぞる。

 あの時よりかは上手に紡げていたかもしれない。

「俺、ヒエショーだから」

 気楽そうなヤナギの声。でも表情は見えない。

 もしかしたら、彼もまた自分と同じ気持ちなのかもしれない。

「は、似合わないね」

 ヤナギの手に、自分の手を重ねる。きっとこうした方がいいと昔も今も不思議と思った。

 びくりと跳ねるヤナギの手の感触にほんの少し踏み込んだ気がした。気がした、だけ。

 ヤナギの手を透かすように、ほのかな光が目に届く。きっとこれは朝日ではない。ヤナギの石の光。

 タカセは何をしようとしていたか気が付いていた。

 けれど、それを言葉にできなかった。言葉にしたら認めてしまうようで、戻れなくなると思ってた。石の力のせいにしたら、幾分かマシな気がしていた。

 でも違った。今の自分はそれを知っている。

 適当に流す残酷さも、向き合わない愚かさも。

 いくら大人びているといわれていても、実際はものすごく幼い自分。

 タカセは少し喉を鳴らした。

 アサヒの声が脳裏に蘇る。

 ――忘れないで。待ってる人がいる。

 唇が乾き、言葉が出るまでに少しの時間がかかった。

 迷いながらも、はっきりとヤナギに告げる。

「……やっぱ、直接、言いに行くわ」

 視界は、まぶしい朝の日差しとヤナギの石の光に包まれた。


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