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濁光の街

 夜。

 下品なネオンが明滅し、濁った光が暗い街を染めていた。

 その中を、黒服の男たちが数人、逃げ惑う一人の男を追い詰めている。

「もう勘弁してくれ! 本当に金がないんだ!」

 必死に叫ぶ声が、ビルの谷間に虚しく響いた。

 タカセはその場に立ち、黒服たちを見回す。

「……言ったよな。金がないなら、身体で払ってもらうしかねぇ」

 指で合図を送る。

 次の瞬間、黒服たちが一斉に男に殴りかかり、悲鳴が夜の街に散った。

 タカセの目は冷たく、それをただ淡々と見つめているだけだった。

 やがて、奥からもっと「偉い」風貌の男が姿を現した。

 取り立ての結果を確認すると、タカセが差し出した金を受け取り、厚みを確かめるように親指で弾く。

「……よくやったな」

 その男は札束の中からいくらかを抜き取り、タカセの手に押し込んだ。

 タカセは無言で受け取り、軽く頭を下げる。

 ――その時だった。

 通りの向こう、街灯の下に立つ人影に気づく。

 ギターケースを背負った青年。

 練習帰りなのか、制服の裾を揺らしながら、こちらを見つめていた。

 驚きと、言葉にできない色が混じった眼差し。

 ――ヤナギ。

 タカセは気づいていた。

 気づいていながら、目を逸らさなかった。

 黒服たちのざわめきと、血の匂いの中で、二人の視線だけが交わった。

 けれど、どちらからも言葉は発せられない。

 やがて、ヤナギはゆっくりと背を向けた。

 去っていく背中を見送りながら、タカセは無言で煙草に火をつけた。

(……あーあ)

 胸の奥に広がるのは、罪悪感でも恐怖でもなく、ただどうしようもない諦めのような感覚だった。


***


 夜の匂いをまとったまま帰宅すると、薄暗い部屋の中に先客がいた。

 ソファに座り、ギターケースを脇に置いたまま、じっとこちらを見ている。

「……おかえり」

「……ただいま」

 短い言葉だけが交わる。

 タカセは靴を脱ぎ、まっすぐ洗面台へ向かった。蛇口をひねると、水の音が妙に大きく響いた。

 冷たい水で顔を洗っていると、背後から声が降ってきた。

「気づいてただろ?」

「あー、なにが?」

「……俺が見てたこと」

 タカセの手が止まる。蛇口をひねり、金属音を立てて水を止めた。

 その音が、不思議なほど部屋に重く残った。

「……何言ってるかわかんないな」

 顔を拭きながら言うタカセの表情は、冷え切っていた。

「わー……めっちゃクズ」

 ヤナギは肩をすくめ、笑うでも怒るでもなく吐き捨てるように言った。

 タカセはそんなところが、妙に好きだった。

 自分が距離を取るために張りつける冷たい態度を、軽い調子で受け流してくれる。

 これまでの彼女たちは違った。冷たさを見せれば怯えて逃げるか、逆に「もっと」を求めて近づいてくる。

 比べることじゃない、とわかっているのに――ヤナギの軽口は、心地よく響いた。

 ふと、ヤナギが姿勢を正した。

 軽さの奥に、珍しく真剣な色を滲ませて。

「ねぇ、やっぱライブ絶対来てよ」

「え?」

「……お願いだからさ」

 その声音に、タカセは目を細めた。

 軽口ではない――拒む言葉が、すぐには出てこなかった。


***

 煙がようやく薄れた保守室。床にはすでに数人の敵が転がっている。

 兆は肩で息をしながらも、廊下の先を鋭く睨み据えていた。

「……まだ気配はあるが、近づいてこねぇ」

 短くそう告げると、背後のアサヒに目をやる。

 アサヒはタカセの傷口を押さえ、必死に力を注ぎ続けていた。

「……駄目だ。延命はできるけど、引き上げることができない……!」

 癒しの力は流れ込むのに、タカセの意識は戻らないまま。

 自身の力の限界を感じていた。もし仮に意識が戻ったとしても、それもそれでただの延命なのかもしれない。それくらい、タカセの病状は良いものではなかった。

『最期くらい、じじぃのわがままに付き合ってくれよ、お医者さん』 

 そんな中、かすれた声で言ったタカセのかすれた声がアサヒの中に響く。

 アサヒは奥歯を噛み、ちらりと横にいるニアを見やった。

「……ニア、僕ひとりじゃ無理だ、だから……お願い」

 その声に、ニアはすでに紙を広げ、鉛筆を握っていた。

「……わかってる。アサヒの力に合わせる、夢に干渉する」

 アサヒはタカセの胸に手を置き、再び癒しの石を輝かせる。

 走らせる線はやがて渦を描き、紙の上に黒と白の波紋が広がる。現実の灯りと夢の影が混ざり合うように揺らめき、空気を震わせた。

 アサヒはタカセの胸に手を置き、石の光を再び解き放つ。

 ニアの描いた紋様がそれを受けて、境界をほどくように輝き出す。

「……タカセさん、忘れないで」

 ニアの声がかすれるように、空気に染み込んでいく。

「待ってる人が、ここにいる。……戻ってきて」

 アサヒの低い声がそれを追いかけた。

 淡い光が弾け、タカセの意識は深い闇の底へと沈み込んでいく。


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