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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第十二章 前勇者ととある少年のお話
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エピローグ 静かな準備

 きっと、ろくな死に方をしないんだろうな、とつくづく感じる。

 

 珍しく、中心棟と研究棟の間にある裏庭を歩く。

 普段なら訓練場か中心棟の執務室にしか足を運ばないのに、わざわざ裏まで来たのは理由がある。

 

 そこに、煙草を探して苛立っている男がいた。

 紫は煙草を一本を差し出し、黙って火をつける。

 受け取ったキサラギは、口を開かず煙を吸い込んだ。


 彼の小さな言動の端々に伝わる孤独感。それに気づかないようにしている人間。

 ――まるで、おいてかれた犬のような男。

 「……ガキには早すぎた」

 そんな男に先の任務のことを尋ねる。まるで責任転嫁するような物言いに、紫は深く吸い込んだ煙を吐き出す。

「……お前には、だろ」

 我ながら意地悪なことをしていると思いながらも、紫は言葉をつづけた。

「心配してたぞ、“おともだち”が」

 珍しく悪い笑みを浮かべながら煙草の火を消す。

 眉を顰める男の視線を背中に感じながら、その場を後にしたのが、つい数十分前の出来事だった。

 寮に向かい、足を進めているとそこには先ほどキサラギと話題に上がった”ガキ”がいた。

「レイ」

 一言、そう声をかけるとほんの少し目を丸くした少年がいた。

「……こんな風にかちあうの珍しい」

 レイの素直な反応にほんの少し笑う。

 再び珍しいというような目線を感じた。

「いろいろ迷惑かけた」

「この前の任務のこと?気にしてない、体調は誰でも崩すし」

 遊郭での件も含めていたが、紫は言い直さなかった。

 逆にレイも紫の反応に何か感じたようだったが何も言わない。


 適度な距離感に、紫はほんの少し安心する。

 この少年はフラットに、物事をみる。

 なにか熱のような感情もあるのは感じる。

 でもそれで、誰かに期待したり、押し付けたり、神格化したり、嫌悪したりしない。

 ほんの少し、焔羅のことを思い出す。似ているからとかではない。なんとなく、頭に浮かんだだけ。

「…紫と焔羅は、その……つきあって、るの?」

 脳みそをのぞかれたのかと思うくらいタイムリーな名前が出て、紫はほんの少し目を丸くする。レイはというと気まずそうな表情をしている。

 そんな顔するくらいなら聞かなきゃいいのにと頭で思いながら答える。

「……そんな関係ではない」

「……へぇ」

 信用してなさそうな顔をするレイの頬をつついてみる紫。

「……たまに焔羅と同じようなことするよね」

 さらに疑ったような顔をするレイ。

 まぁ、男と女が一緒にいたらまず、疑われることだが。

「あいつとはそんなのではない」

 焔羅との関係を言い表すのは非常に難しかった。

 まるで家族であり、親友でもあり、仲間でもある。

 どの形が正しいものなのかもわからないので、ほんの少し悩んだ。


 そんな反応にようやく理解した顔をしたレイの頬を紫はさらにつついた。


***

 

 二人だけの館で過ごした幼少期。

 現れた気だるそうな勇者が来てから、日常は劇的に変わった。


 しばらくは保護という形で、調査隊の宿舎に入れられた。

 実験の影響で身体に問題ないか検査される日々。

 一通り検査が終わった後、キサラギに続き、紫と焔羅は調査隊に入ることにした。

 それぞれの寮の部屋に案内されたとき、焔羅は怪訝そうな顔で言った。

「部屋、違うのか」

 ずっと二人きりだった自分たちにとっては、違和感のあることだった。

 しかも、部屋遠いし、という焔羅の言葉に紫は黙った。


 ――部屋を分けてくれと頼んだのは自分だ。

 できるだけ遠く、とも。


 これは、紫にとっての静かな準備だった。

 

 きっと、焔羅は紫がもし死んだとしても、なんやかんやで生きていける。

 自分と違って社交的で、本質的に、彼はこっち側の人間ではない。

 これから先、彼にはいっぱいの友達や仲間ができる。きっと恋人もできるかもしれない。

 彼はきっとそんな当たり障りのない、でも尊い幸せを手に入れることができる人間だ。

 ――だが運悪く、自分なんかを見てしまった。

 人を殺すことを生業にし生きてきた怪物を。

 たまに浮かべる神格化する目にも気づいていた。だがそのたびに、悪いことをしたかのように目を伏せる。

 彼はそんなちゃんとした人間なのだ。

 自分はろくな死に方をしないだろうことは、幼いながらも察していた。

 

 私が死んだとき、彼はひどく悲しむかもしれない。

 彼にとっての家族が、仲間が、親友がーー女神が。

 そう、これはそんな静かな準備だった。

 そんな時に彼の近くの仲間や、友達や、恋人が彼を慰めて、彼はどうにか生きていく。

 そんなことを想像しながら、紫は焔羅に告げた。

「……まぁ、普通だろ」


 きっと、ろくな死に方をしないとつくづく感じた。


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