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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第十二章 前勇者ととある少年のお話
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エピローグ 煙の残影

 建物の裏で、キサラギは煙草を取り出した。

 火を点けようとした瞬間、箱が空になっていることに気づく。

 いつの間にか、すべて吸い尽くしていた。

「……くそ」

 舌打ち交じりの吐息。

 その時、影が差した。

 紫が無言のまま一本を差し出してくる。

 キサラギは言葉もなくそれを受け取り、紫は隣に腰を下ろした。

 ふたりの間に火がともり、煙が夜気に溶けていく。

「……病み上がりが吸ってんなよ」

 キサラギが横目でぼやく。

「吸わないと、またぶり返す」

 紫は平然と煙を吐き出す。

「どんな暴論だよ」

 小さく鼻を鳴らし、キサラギも煙を吐いた。

 しばらくの沈黙ののち、紫が低く呟く。

「……任務、お疲れさん」

 その言葉に、任務中のレイの目が甦る。

 大人ぶったくせにまだ幼い鋭さを宿した目。

 現実をわかったつもりでいて、決して諦めの悪い性格。

「……ガキには早すぎた」

 その言葉に、紫は深く吸い込んだ煙を吐き出し、間を置いて言った。


「……お前には、だろ」


 キサラギの眉間が、わずかに歪む。

 紫は目を細め、わざと軽く言葉を足した。

「心配してたぞ、“おともだち”が」

 返す言葉はなかった。

 焔羅の顔を思い浮かべながら、ほんの少しの恨み節を向ける。

「……騙しやがって、くそが」

 煙は夜風に流れ、街灯の明かりを曇らせていく。

 紫の横顔は淡く照らされ、何を考えているのか掴めない。

 キサラギは視線を逸らし、深く煙を吸い込んだ。

 頭の奥に甦るのは、前勇者の幻影――。

 一人残された部屋で立ち尽くす、自分自身の姿。

 置いていかれた気持ちと、やるせなさ。

 キサラギは再び煙を深く吸い込み、夜空へと吐き出した。

 胸の奥のざらつきを誤魔化すように。


***


「……医者がタバコ吸ってる」

 誰も寄り付かない寮の一番奥の棟。

 散らかった部屋で煙を吹かす気だるそうな男に、幼いキサラギは思わずつぶやいた。

「医者でも、タバコは吸う」

 床に尻をつき、書類に囲まれた男は悪びれもなく答える。

 “勇者”ではなく“医者”という言葉に、その動かない表情がわずかに緩むのをキサラギは見逃さなかった。

 誰も気づかないような微細な揺らぎ。


「こんな紙だらけのとこで吸うなよ。あんた絶対灰こぼすし、火事になるだろ」

 ぶつぶつ言いながら、男の傍に膝をつき、散らかった書類や本をまとめはじめる。

 どちらが大人かわからないほどしっかりとした物言いのキサラギを、男は静かに見つめていた。

 その視線に気づき、キサラギは少し顔を上げる。


「……なに」

 生意気そうな表情。けれど、不安を隠せない子どもの目。

 

 男は煙をその顔を目掛けて吐き出した。

 キサラギはむせ込み、涙目で睨みつける。


「……ま……っじで、さいあく!」


 男は、そんな年相応な反応をみて、満足げに頬を緩ませた。


 ほんの一瞬の、誰も見たことのない笑み。

 それはすぐに消えたが、幼いキサラギの胸には確かに焼き付いていた。

 そして今も――吐き出した煙の向こうに、あの笑みの残影を探してしまう自分がいる。


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