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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第十一 久遠の影
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傀儡と血鎖

 不気味な人形のくつくつとした笑い声が響く。

 そんな中、暴れる遊女の刃をレイが弾き、焔羅は拳で受け流す。

 崩れた柱の影からあの声が響いた。


「……やっと会えた。大事に育てた、俺の人形」

 久遠の傀儡。

 顔の半分が剥げ落ち、黒い糸が蠢くその口から、嬉々とした声が漏れる。

「小さいころから、ちゃぁんと教え込んでやった。忘れないように、根っこから刻み込むように。

 だって仕方ないだろ? 罪深い石を持ってるんだ。何されても仕方ない……いや、むしろ感謝すべきさ。これは皆を守る手段なんだから。悪い猛獣を飼いならすための……」

 濁声に重なる嘲笑。

 焔羅は一瞬、鼻で笑い飛ばそうとした。だが――。

「むらさきの石を持った、最高傑作。あいつは俺に逆らえない。結局、全部……俺のものだ」

 その言葉が、焔羅の胸をざわつかせた。

 脳裏に過ぎるのは、冷たい横顔。

 拳に力がこもる。呼吸が荒くなる。

「……お前、誰の事言ってやがる」

 怒気が溢れる。

 焔羅は怒りを抑えきれず、剣を掴むや否や乱暴に振り抜いた。

 鉄が空気を裂き、傀儡の胸を叩き斬る。


***

「……思い出せ。昔、たくさん教えてやっただろ。ただ力が強いだけが勝つ術じゃないって」

 瓦礫の散らばる空間に、久遠の嘲笑が響いた。

 紫は剣先を下げぬまま、じっと睨む。

「ここは俺たち一族が出入りしていた、大事な巣窟だ。どこでなにか起きてるか、よぉく分かるようにしてある。……お前の仲間も、ここにいるんだろ? こんな化け物とよく一緒にいられる連中だな。……それとも昔みたいに、飼われてるのか?」

 紫は剣先を下げぬまま、じっと睨む。

「……うるせぇ、お前には関係ない」

 低く吐き捨てる声に、久遠は腹を抱えて笑う。

「ははっ! なんだその笑い方、霞みたいなしゃべり方しやがって。お前はそうでもなきゃ生きられないのか?」

 紫は何も答えず、ただ刀を握りしめる。

「だが俺は、あいつに感謝してるんだよ」

 久遠の声が、粘つくように降りかかる。

「お前の大事な叔母に。子どもも産めない身体で、かわいそうなやつだったけどな……だからこそ遊女としての密偵に向いていた。そいつが大事に大事に、お前を育ててくれた」

 瞬間、紫の刃が閃いた。久遠へと斬りかかる。

 鉄がぶつかり合い、火花が散る。応戦しながら、久遠はなお笑みを絶やさない。

「言っただろ、思い出せって。俺はお前を――よぉく知っている」

 空間に影が走り、幻のように仲間たちの姿が浮かび上がる。

 遊女たちに押され、苦悶する顔。息を荒げる姿。

「……お前は丈夫でも、仲間はそうじゃないらしいな。ほら、あいつもしんどそうだ。あいつも……子どもまでいるじゃないか。ひでぇ話だ。……ずいぶん仲間が増えたんだなあ」

 次に映ったのは焔羅だった。

 紫は表情を変えず、平静に努める。

 そんな紫をみて、久遠は目を細めた。

「……あぁ、こいつか。お前の大事なのは」

 久遠の声がねっとりと絡みつく。

「言っただろ。俺はお前を、よぉく知ってるんだ」

 その言葉と同時に――遠く、焔羅たちの潜む倉庫で、機械仕掛けの駆動音が響き始めた。

「……やめろ」

 紫の揺らぐ瞳に、満足げな表情の久遠が言った。

「俺はそういうがみたかったんだ…紫…」

***

 背後で制御装置が唸りを上げた。

 異常稼働を始めた石の機構が、紫色に濁った光を渦巻かせる。壁に埋め込まれた石々が呼応し、低く不快な共鳴音を放った。

「…なんだあれ」

 周りの操られている遊女がざわめき始める。

「……ど、毒……かたまり……いや……」

 意識を保ったまま暴走した実験体の一人が、口から泡を飛ばして叫ぶ。

「……も、戻れなく……なる……人間に……!」

 レイと焔羅の顔が同時に強張った。どうやら、やばそうな者だということだけは理解した。

 焔羅は舌打ちすると、懐から黒ずんだ石を取り出した。籠手の形をした金具が、その石と共鳴するように軋む。

 レイはその石に目を見張る。

「ダメだ!その石はーーー」


***

 ある日の執務室。レイは丁度報告書の提出のために訪れていた。

 ふと、傍らの棚に目をやる。そこには才能の石が置かれていた。

「……これは、なんで置いてあるの。違法じゃないの」

 通常才能の石の保持は基本許されてはいない。上流貴族は、後ろ暗い理由で国が制約を持って認められているのは知っているが、そうそうお目にかかるものではない。

「これは生前の調査員が、自分の死後に“提供”することを許可した場合だけ、武器として残される。……臓器提供のようなもんだな」

 キサラギは淡々と、掌に黒ずんだ石を転がして見せた。

 レイは眉をひそめた。


「調査員だけ合法的に使える。扱うには相応の認証も必要だし、何より……身体を酷使する。寿命を削るようなもんだ」

 レイはじっと石を眺めた。

「見習いはまだ使えない、まあ見習いどころか、どんな人間でも使うべきじゃない……本当にぎりぎりのときだけだ」


***

 焔羅は腕に血のような紋様を走らせる。籠手の形をした後付け才能石――〈血鎖〉が展開され、骨を軋ませながら彼の腕を覆った。

「――っ!!!」

 渦巻く暴走光を、その腕ごと押さえ込む。皮膚が裂け、血が石の模様へと吸い込まれていく。身体が削られていく感覚を無理やり飲み下しながら、焔羅は正面から暴走を抑え込もうとする。

「無茶だ!」

 レイが駆け寄ろうとする。だがその前に、久遠の傀儡が制御した暴走個体たちが立ち塞がった。強化された実験体が群れを成し、レイを押し留める。

「どけぇっ!!」

 剣を振るうが、数で押し潰され援護に届かない。

 一方で焔羅は、孤独に光へと立ち向かう。

 限界を越えてなお、腕を突き立て、叫んだ。

「くそ、ったれがぁあああああッ!!!」

 血飛沫と共に〈血鎖〉が震え、暴走の光を無理やり押し潰す。制御装置が悲鳴を上げるように火花を散らし、一瞬だけ沈黙した。

 だが、その反動はあまりにも大きかった。

 焔羅の全身から力が抜け、地に崩れ落ちる。

「焔羅ッ!」

 駆け寄るレイを遮るように、黒い影の群れが襲いかかってきた。

 刃と咆哮が交錯する。

 闇の中、焔羅の呼吸だけが――弱く、かすかに響いていた。


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