残されたものたち
世界武技祭から数日後――
かつて戦場となったこの地にも、ようやく静けさが戻り始めていた。
最終的に「混乱を収束させた最大の功労者」として、ユルザ連邦が今回の優勝国として認定された。
大将戦の決着はうやむやなままだったが、それを問う者はいなかった。
むしろ、多くの人々が“力”ではなく“選択”で混乱を止めたその判断を、静かに称賛していた。
ゼフェリカは事件の責任と混乱の代償を受け――
ユルザの支援下に入ることが決定される。
だが、それは武力による“屈服”ではなかった。
ユルザが差し出したのは、支配ではなく協定だった。
「――我々はもう、軍事で競い合わない。この地で得た教訓を糧に、ゼフェリカと共に医療と教育の未来を築く」
そう語ったのは、セレナの兄であり、ユルザ連邦の若き代表――アルヴァン。
彼は優勝国の“特権”を用い、国際議会に新たな制約を提案し、通過させた。
《才能の石》の無制限な運用の禁止。
妖精類、禁術兵装、洗脳魔術など“闇の品目”の流通と取引の永久凍結。
ゼフェリカ旧政権の関係者に対する調査と記録の開示。
各国は驚き、ざわついた。
だがその中で、多くの若者たちが、確かな“希望”を見出していた。
――戦うためではなく、癒すための力を。
その旗が、今この場所に掲げられたのだ。
***
夕暮れの風が、丘の上を静かに吹き抜ける。
広がる空の下、レイとキサラギが並んで立っていた。
二人の間には、小さな石碑がある。
そこに名前は刻まれていない。
ただ、静かに、誰かを悼むように空に向かって祈られていた。
「……ユルザが“制圧”じゃなく“提案”を選んだのは、ゼフェリカの研究をお前が提出したからだって、兄貴が言ってたぞ」
キサラギがつぶやくように言う。
レイは、視線を落としたまま、小さく肩をすくめる。
「……別に、もったいないなって思っただけ」
風が再び、石碑の前を通り抜ける。
しばらく沈黙が流れたのち――
「……よく、あんな論文知ってたな」
キサラギの問いに、レイは目を細めた。
「……父さんの部屋に、医学書や論文がいっぱいあったんだ」
レイは空を仰いだ。
暮れなずむ空に、朱の雲が静かに流れていく。
「医者だったんだ」
戦いの果てに何が残ったのか。
力ではなく、選んだ“未来”があった。
癒し、手を差し伸べること。
誰かを守ること。
その小さな祈りが、ようやく世界の中心に立とうとしていた。
光と影の狭間で、二人の影が長くのびていく。
石碑の前で揺れる草花が、そっと風に応えるように震えた。




