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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第九章 ゼフェリカの黙示録
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残されたものたち

 世界武技祭から数日後――

 かつて戦場となったこの地にも、ようやく静けさが戻り始めていた。

 最終的に「混乱を収束させた最大の功労者」として、ユルザ連邦が今回の優勝国として認定された。

 大将戦の決着はうやむやなままだったが、それを問う者はいなかった。

 むしろ、多くの人々が“力”ではなく“選択”で混乱を止めたその判断を、静かに称賛していた。

 ゼフェリカは事件の責任と混乱の代償を受け――

 ユルザの支援下に入ることが決定される。

 だが、それは武力による“屈服”ではなかった。

 ユルザが差し出したのは、支配ではなく協定だった。

 「――我々はもう、軍事で競い合わない。この地で得た教訓を糧に、ゼフェリカと共に医療と教育の未来を築く」

 そう語ったのは、セレナの兄であり、ユルザ連邦の若き代表――アルヴァン。

 彼は優勝国の“特権”を用い、国際議会に新たな制約を提案し、通過させた。

 《才能の石》の無制限な運用の禁止。

 妖精類、禁術兵装、洗脳魔術など“闇の品目”の流通と取引の永久凍結。

 ゼフェリカ旧政権の関係者に対する調査と記録の開示。

 各国は驚き、ざわついた。

 だがその中で、多くの若者たちが、確かな“希望”を見出していた。

 ――戦うためではなく、癒すための力を。

 その旗が、今この場所に掲げられたのだ。

***

 夕暮れの風が、丘の上を静かに吹き抜ける。

 広がる空の下、レイとキサラギが並んで立っていた。

 二人の間には、小さな石碑がある。

 そこに名前は刻まれていない。

 ただ、静かに、誰かを悼むように空に向かって祈られていた。

「……ユルザが“制圧”じゃなく“提案”を選んだのは、ゼフェリカの研究をお前が提出したからだって、兄貴が言ってたぞ」

 キサラギがつぶやくように言う。

 レイは、視線を落としたまま、小さく肩をすくめる。

「……別に、もったいないなって思っただけ」

 風が再び、石碑の前を通り抜ける。

 しばらく沈黙が流れたのち――

「……よく、あんな論文知ってたな」

 キサラギの問いに、レイは目を細めた。

「……父さんの部屋に、医学書や論文がいっぱいあったんだ」

 レイは空を仰いだ。

 暮れなずむ空に、朱の雲が静かに流れていく。

「医者だったんだ」

 戦いの果てに何が残ったのか。

 力ではなく、選んだ“未来”があった。

 癒し、手を差し伸べること。

 誰かを守ること。

 その小さな祈りが、ようやく世界の中心に立とうとしていた。

 光と影の狭間で、二人の影が長くのびていく。

 石碑の前で揺れる草花が、そっと風に応えるように震えた。


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