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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第九章 ゼフェリカの黙示録
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崩れる塔で

 二人は、再び洗脳装置の前に立っていた。

 扉の奥から響く脈動音は、ただの機械音ではなかった。

 どくん、どくんと、生き物のように脈を打つその低音は――

 まるで、苦しむ人々の“叫び”のように、アサヒの耳に届いていた。

 「……アギルのくれた、これで」

 アサヒの手には、彼から託された制御ユニット。

 レイが横から覗き込むと、裏側には細かい記録回路が組み込まれていた。

 「これは……構造情報と魔力回路の記録……?」

 塔の内部構造と、洗脳装置の中枢システム。その全容が、そこに刻まれていた。

 魔力の流れ。装置の制御系。抑制と誘導の構造――

 レイの中で、直感が跳ねた。

 「……癒しの魔力。もしこれを、“痛みで制御してる回路”に逆流させたら……?」

 「やる」アサヒは、即答した。

 その答えに、レイはふっと笑って言った。

 「じゃあ俺は、道を守る」

 それ以上、言葉は必要なかった。

 レイが剣を抜き、アサヒは制御ユニットを握りしめた。

 重厚な扉を押し開け、ふたりは同時に中へと踏み込む。

***

 中央制御室へと続く通路の先――兵士たちが、すでに待ち構えていた。

 目に光はなく、顔に表情はない。

 機械仕掛けのように一糸乱れぬ動きで、じわじわと距離を詰めてくる。

 「……ただでは通してくれないよな」

 レイが低く呟いた瞬間、その剣が閃光を放った。

 感情を殺した相手に、命は奪わない。

 狙うのは武器、関節、意識の急所だけ。

 レイの剣は、殺すためではなく――「守るため」に振るわれていた。

「……すごぉ、レイ強くなったね」

 アサヒの感嘆の声にレイは少し照れながら怒鳴る。

「……さっさといけ!」

 アサヒは、我に返るように駆け出した。


***

 塔の最奥――

 そこには、魔力で満たされたコアが存在していた。

 中央に浮かぶコアは、幾重もの制御回路に包まれ、脈を打っている。

 この心臓部こそが、洗脳波長の発信源だった。

 「……いける、はず」

 アギルから渡されたキーを差し込むと、ターミナルが起動する。

 モニターには回路図が展開され、装置の魔力流路が可視化された。

 アサヒは剣を握り直した。

 「“痛み”で動かされてるなら……“癒し”で、断ち切る!」

 剣を構え、アサヒは叫んだ。

 次の瞬間――

 その刃が、コアの根元へと突き立てられる。

 癒しの魔力が、制御回路へ逆流していく。

 この世界のどこにも記録されたことのない魔法構造。

 本来は“回復”にしか使えないはずの魔力が、

 いま、“痛みの命令”に染まった回路を優しく、しかし確実に打ち壊していく。

 「……届いて。お願いだから」

 魔力波形が乱れ、装置全体が軋むようにうねった。

 視界が歪むほどの魔力衝撃。

 けれど――確かに、抑圧された何かが「ほどけて」いく気配があった。



***

 瓦礫の雨が降り注ぎ、夜空を赤く染める。崩れた棟の隅、炎のゆらめきの中に、黒猫が一匹。

 瓦礫の下で動かない、アギルの身体にすがりつくように、猫は何度も仮面を被せようとする。壊れかけた装置が小さく火花を散らしていた。

 最悪な未来。一番起きてほしくない未来。

 一番の求める人間に殺されるアギルの絶望の顔を、トルクは見たくなかった。

 どうにか位置情報がばれぬよう、トルクは、震える前足で必死に仮面の破片を押し戻している。 剥き出しになった頬にそれをかぶせ、なんとか覆い隠そうとする――だが、限界だった。

 このままでは、見つかる。

 そして、その未来も――見えていた。

 煙の向こうから、誰かがやってくる。

 (……来る)

 あの男が。この子の“父”が。

 目を伏せるトルクの横で、アギルはわずかに口を動かした。

「……もう、いい……」

 アギルの声がと同時にトルクは悲しそうに瞳を揺らした。

「……父さんに、会いたいなぁ……」

 その言葉は、まるで昔を懐かしむような響きだった。

 恨みでも、怒りでもない。どこか、諦めと祈りの混ざった――静かな覚悟。

 トルクの瞳が涙で光る。そして、前足を止めた。

 仮面を戻しきれないその顔を見つめながら、何かを堪えるように、ただそっと寄り添った。

 傷つくのに、悲しいのに。でもそれをアギルが選ぶなら、トルクはどこまでもついていこうと思った。

 ついに――煙の奥から、ひとりの男が姿を現した。

 白衣の裾を引きずり、煤にまみれた顔に、血の跡。

 けれどその目だけは、かつてと同じ鋭さを残していた。

 ガストン・ファレル。

 すべての発端にして、終着点。

 彼が、ようやく“息子”の元へと、足を止めた。


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