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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第九章 ゼフェリカの黙示録
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才能を燃やす者

 アギルはまるで狂った機械人形のようだった。

 攻撃は止まず、兆も鉄の塊を振り回し続けた。

 直撃する何回か感触はあったが、それは意味をなさなかった。

「……どうしても、傷が再生しやがる……」

 兆が重たい息を吐きながら言う。

 何度鉄球を叩き込んでも、アギルの身体は内部から再生していた。砕けた外装が、まるで時間を巻き戻すかのように、元の形を取り戻していく。

 ベンチ席から会場を睨みつける紫が、静かに言った。

「……魔力の循環系だな。中心に、何か“核”のような反応がある」

 その声に呼応するように、光の無線が入る。

『解析完了。アギルの“核”――才能の石です』

「……え?」

 無線機の音にアサヒが思わず声を漏らす。

『より正確には、“才能の石”を燃料とした魔力駆動体。仮面と肉体をリンクさせて、限界出力を維持している。おそらく、“兵器型才能活性システム”』

 紫が目を細めた。

「……ガストンの技術だ。ゼフェリカ技術院でしか扱えない高圧魔力変換式」

『感情――特に“痛み”と“恐怖”をトリガーに魔力を増幅させているようです。自力で壊せば、石が“燃焼”し逆に力が強まる。つまり……』

「物理で砕いても、無駄ってわけか」

 キサラギが歯を食いしばった。

 砕けない。止まらない。それどころか、壊せば壊すほど強くなる――

 それは、“才能”を呪いとして抱えた者の、最も皮肉なあり方だった。

 アサヒは、戦場の中央で小さく息をのむ。

(石を、燃料に……? 燃やして戦わせてる……?)

 そんなの、あんまりだ。


 ――痛みで動かされるなんて。


 鉄と血と魔力が交錯する中、アサヒは兆の背を必死に追いかけていた。

 傷つき、投げ飛ばされ、何度も地に伏す兆――そのたびに、剣を握りしめ、癒しの魔力を送り続ける。

(……また、再生した)

 ふと、アギルの身体を包む“何か”が、光の流れのようにアサヒの目に映った。

 それは魔力の川のように――仮面の奥、アギルの中心へと循環している。

 中心にあるのは、黒く光る《石》。魔力の核。

(この流れ……どこかで……)

 次の瞬間、アサヒの頭の奥に、過去の感覚がフラッシュバックした。

 アウローラでヨシュアが魔物に変わった瞬間。サーカスでの薬を打たれた猛獣の慟哭。

(怒りと痛みを――“燃料”にしてる……!)

 理解した。

 アギルは、《才能の石》に“痛み”と“怒り”を送り込むことで、その力を引き出している。

 つまり――

(癒せば、断ち切れる)

 回路を遮断する。感情の根を断ち、燃料の流れを止める。

 アサヒは息を整え、剣を逆手に構える。

 兆の元へ駆け寄ると、すれ違いざまに静かに囁いた。

「……次、一瞬だけ、チャンスを作って」

「…まかせろ」

 それだけで、兆は動いた。

 振り下ろされる鉄球。飛び込む刃。激突する衝撃音。

 その間隙――アサヒは、アギルの胸元を狙い、癒しの剣を突き立てた。

「――止まれ」

 緑の風が舞い上がる。

 その刹那、アギルの身体を巡っていた魔力の流れが、ぷつりと音もなく断ち切られた。

 燃焼を止めた《才能の石》が、かすかに鈍く脈打った。

 目に見えない何かが――崩れはじめる。

 怒りの火が鎮まり、痛みの熱が冷めていく。

 燃え上がっていた魔力は、ふわりと花びらのように剥がれ、消えていった。

 アギルの動きが、止まった。

 仮面が、がくんとずれる。

 その下からのぞいたのは、まだ幼さの残る頬と、潤んだ黒い瞳だった。

「……戦わなくていいよ」

 アサヒの声は、驚くほど静かだった。

「君は、もう――充分だったから」

 それは、息のように微かな言葉だった。

 届いたかどうかすら、誰にもわからない。

 けれど、確かに“仮面”の内側にいたアギルにだけは、届いていた。


「勝者、ユルザ!!!」


***

 歓声の余韻が薄れてゆく頃、控室奥――特別応接間では、別の熱が立ち上っていた。

 静かに、ゆっくりと拍手の音が響く。

「……いやぁ、お強い。感服いたしました」

 そう言ったガストン・ファレルの目は、まったく笑っていなかった。

 薄く口元を歪めながらも、その瞳は獣のように鋭い。

 その場にいた他国の代表たちは誰一人言葉を発さず、静まり返った空気の中で、ただ視線だけが交差する。

 セレナは、そんな空気をものともせず、ゆったりと椅子に背を預けた。

「……彼の方は、あなたのご子息と伺っておりますが」

「えぇ、左様です」

 ガストンは頷く。その声色に、ほんの僅かに愉悦が混じった。

「息子は国益のために働いております。ですが……だいぶ、お見苦しい結果でしたな」

 皮肉でも謙遜でもない、事実を並べただけの口ぶり。

 けれど、その奥にある“何か”は、あからさまだった。

「……“息子”を、あのように使うのですね」

 セレナの言葉は、やわらかだった。だが、刃を帯びていた。

 ガストンはその切っ先に気づいていながらも、笑みを崩さなかった。

「姫もご存じでしょう。才能は、扱う者の意志次第。石は、あくまで道具です。……そうではありませんか?」

 セレナは返事をしなかった。ただ一つ、小さく息を吐く。

 沈黙が、かえって場の緊張を強める。

 ガストンは席を立ちかけたが――その瞬間、言葉を添えた。

「ですがまあ……よかったですよ。我が子が“負けてくれて”。」

「…………」

「これで、大義名分が立つ。次に“何か”が起きても、こちらの立場は常に“後手”ということになりますからな」

 セレナは微動だにしなかった。

 けれど、そのまなざしは、静かに、確実に――敵を見据えていた。


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