才能を燃やす者
アギルはまるで狂った機械人形のようだった。
攻撃は止まず、兆も鉄の塊を振り回し続けた。
直撃する何回か感触はあったが、それは意味をなさなかった。
「……どうしても、傷が再生しやがる……」
兆が重たい息を吐きながら言う。
何度鉄球を叩き込んでも、アギルの身体は内部から再生していた。砕けた外装が、まるで時間を巻き戻すかのように、元の形を取り戻していく。
ベンチ席から会場を睨みつける紫が、静かに言った。
「……魔力の循環系だな。中心に、何か“核”のような反応がある」
その声に呼応するように、光の無線が入る。
『解析完了。アギルの“核”――才能の石です』
「……え?」
無線機の音にアサヒが思わず声を漏らす。
『より正確には、“才能の石”を燃料とした魔力駆動体。仮面と肉体をリンクさせて、限界出力を維持している。おそらく、“兵器型才能活性システム”』
紫が目を細めた。
「……ガストンの技術だ。ゼフェリカ技術院でしか扱えない高圧魔力変換式」
『感情――特に“痛み”と“恐怖”をトリガーに魔力を増幅させているようです。自力で壊せば、石が“燃焼”し逆に力が強まる。つまり……』
「物理で砕いても、無駄ってわけか」
キサラギが歯を食いしばった。
砕けない。止まらない。それどころか、壊せば壊すほど強くなる――
それは、“才能”を呪いとして抱えた者の、最も皮肉なあり方だった。
アサヒは、戦場の中央で小さく息をのむ。
(石を、燃料に……? 燃やして戦わせてる……?)
そんなの、あんまりだ。
――痛みで動かされるなんて。
鉄と血と魔力が交錯する中、アサヒは兆の背を必死に追いかけていた。
傷つき、投げ飛ばされ、何度も地に伏す兆――そのたびに、剣を握りしめ、癒しの魔力を送り続ける。
(……また、再生した)
ふと、アギルの身体を包む“何か”が、光の流れのようにアサヒの目に映った。
それは魔力の川のように――仮面の奥、アギルの中心へと循環している。
中心にあるのは、黒く光る《石》。魔力の核。
(この流れ……どこかで……)
次の瞬間、アサヒの頭の奥に、過去の感覚がフラッシュバックした。
アウローラでヨシュアが魔物に変わった瞬間。サーカスでの薬を打たれた猛獣の慟哭。
(怒りと痛みを――“燃料”にしてる……!)
理解した。
アギルは、《才能の石》に“痛み”と“怒り”を送り込むことで、その力を引き出している。
つまり――
(癒せば、断ち切れる)
回路を遮断する。感情の根を断ち、燃料の流れを止める。
アサヒは息を整え、剣を逆手に構える。
兆の元へ駆け寄ると、すれ違いざまに静かに囁いた。
「……次、一瞬だけ、チャンスを作って」
「…まかせろ」
それだけで、兆は動いた。
振り下ろされる鉄球。飛び込む刃。激突する衝撃音。
その間隙――アサヒは、アギルの胸元を狙い、癒しの剣を突き立てた。
「――止まれ」
緑の風が舞い上がる。
その刹那、アギルの身体を巡っていた魔力の流れが、ぷつりと音もなく断ち切られた。
燃焼を止めた《才能の石》が、かすかに鈍く脈打った。
目に見えない何かが――崩れはじめる。
怒りの火が鎮まり、痛みの熱が冷めていく。
燃え上がっていた魔力は、ふわりと花びらのように剥がれ、消えていった。
アギルの動きが、止まった。
仮面が、がくんとずれる。
その下からのぞいたのは、まだ幼さの残る頬と、潤んだ黒い瞳だった。
「……戦わなくていいよ」
アサヒの声は、驚くほど静かだった。
「君は、もう――充分だったから」
それは、息のように微かな言葉だった。
届いたかどうかすら、誰にもわからない。
けれど、確かに“仮面”の内側にいたアギルにだけは、届いていた。
「勝者、ユルザ!!!」
***
歓声の余韻が薄れてゆく頃、控室奥――特別応接間では、別の熱が立ち上っていた。
静かに、ゆっくりと拍手の音が響く。
「……いやぁ、お強い。感服いたしました」
そう言ったガストン・ファレルの目は、まったく笑っていなかった。
薄く口元を歪めながらも、その瞳は獣のように鋭い。
その場にいた他国の代表たちは誰一人言葉を発さず、静まり返った空気の中で、ただ視線だけが交差する。
セレナは、そんな空気をものともせず、ゆったりと椅子に背を預けた。
「……彼の方は、あなたのご子息と伺っておりますが」
「えぇ、左様です」
ガストンは頷く。その声色に、ほんの僅かに愉悦が混じった。
「息子は国益のために働いております。ですが……だいぶ、お見苦しい結果でしたな」
皮肉でも謙遜でもない、事実を並べただけの口ぶり。
けれど、その奥にある“何か”は、あからさまだった。
「……“息子”を、あのように使うのですね」
セレナの言葉は、やわらかだった。だが、刃を帯びていた。
ガストンはその切っ先に気づいていながらも、笑みを崩さなかった。
「姫もご存じでしょう。才能は、扱う者の意志次第。石は、あくまで道具です。……そうではありませんか?」
セレナは返事をしなかった。ただ一つ、小さく息を吐く。
沈黙が、かえって場の緊張を強める。
ガストンは席を立ちかけたが――その瞬間、言葉を添えた。
「ですがまあ……よかったですよ。我が子が“負けてくれて”。」
「…………」
「これで、大義名分が立つ。次に“何か”が起きても、こちらの立場は常に“後手”ということになりますからな」
セレナは微動だにしなかった。
けれど、そのまなざしは、静かに、確実に――敵を見据えていた。




