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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第九章 ゼフェリカの黙示録
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見えない手綱

 控室奥――各国首脳陣の特別観覧席近くに設けられた応接間。

 セレナはひとり、ゼフェリカ代表団の中央に腰を据える黒髪の男を見据えていた。

「……ずいぶん、皆さん資源には恵まれているようですね」

 セレナの声は穏やかだったが、その目には冷ややかな光があった。

「いやいや、まさか。ユルザのような土地には到底及びませんよ、ほんとうに羨ましい限りだ」

 そう笑ったのは、ゼフェリカ王国・技術院顧問にして、今大会の実質的な後援責任者――アギルの父、ガストン・ファレルだった。

 年齢にそぐわぬ鋭い眼光。研究者らしい知性と皮肉が、言葉の端々ににじむ。

「……この大会、貴国が主催したと伺いました。なぜこのような場を設けたのですか?」

 問いかけるセレナに、男はわずかに唇を歪めた。

「セレナ姫。ここにいる選手たちの多くは、“石つき”ではありません。まがい物の力、人工的な強化……それが現実です」

「本物の石つきを出しているのは……変わり者のラウ=ミディア帝国か、それとも――」

「――ユルザ国、くらいでしょうな」

 言葉を継いだのはガストンだった。目を細め、あたかも称賛のように言いながらも、その声は嘲笑を孕んでいた。

「そういえば、セレナ姫。あなたも“石つき”でしたね。まったく、うらやましい。ほら、周りの国も……皆さん、羨ましそうに見ておられますよ?」

 まるで、舞台の中央に立った俳優を煽るように。

 その場の空気がわずかにきしむ。

「……本当に、羨んでいるとお思いですか?」

 セレナは静かに言い返した。声は低く、しかししっかりと芯を持っていた。

「“石”を持って生まれるということが、どれだけの十字架か……。それを知らぬ人の言葉は、軽く響きます」

 応接間に、薄い沈黙が落ちた。

 ガストンはそのまま口を閉ざしたが、視線だけは、どこまでも冷たくセレナを見つめていた。

 ――静かな前哨戦は、すでに始まっている。


***

「――副将戦、開始!」

 アナウンスが響くと同時に、会場がどよめく。

 仮面をつけた無気力そうな少年・アギルと、その隣でしなやかに尾を振る黒猫――トルクが、音もなく戦場へと歩み出る。

「……え、猫?」

 観客のざわめきは止まらない。

 だが、そんな空気をまったく気にせず――兆が飛び込んだ。

 瞬間、アギルは一歩も動かず、兆の攻撃をスルリと回避する。

 その背後で、黒猫トルクの尾がピクリと揺れた。

 まるで戦場の“数秒先”を、完全に読んでいるかのように。

「兆……っ、全部かわされてる……!」

 アサヒが思わず身を乗り出す。

 そこへ光の無線が入る。

『その猫は――未来視が使えます。戦場の予測を読み、その情報をアギルに伝えているようです』

「未来視……!?じゃあ、普通に戦っても全部避けられちゃうってこと?」

 アサヒが声をあげたその隣で、兆は「……そうか」とだけ呟き――再び突っ込んで行く。

「待って、聞いてた!?」

 が、攻撃はすべてかわされ、挙句カウンターを食らって吹っ飛ぶ兆。

「えっ、ちょっと!? 何してるの!?」

 アサヒは、兆の行動に思わず声を上げる。

「ん? かわされる……?」

 兆はいたってまじめな素振りで、いった。

「そう言ってるじゃん!!」

「……え? なにが?」

 出来そうな顔なのがまた腹立たしい。

「未来読めるってば!!」

「……読めるって言ってたが、それとかわされるのは、どう関係が?」

「え、いや……え? 兆の動きが読まれてるってことなんだけど!?」

 アサヒの言葉は兆にうまく伝わらない。

「ほう……未来が読めると、俺の動きが?」

「そうだって!!」

「なるほど……で、だから何だ?」

「…………???????」

 脳みそが溶けそうな会話にアサヒは迷走の海に入った。

 この理解不能な会話、何がどう伝わらないのかすら、もはや分からない。

 むしろ自分が何か悪いのではと錯覚するような兆の返し。

 アサヒはあまりにも真面目すぎた。そして傲慢でもあった。故にほかの人間たちが大抵するであろうスルースキルというものがないのだ。

 なぜそれが伝わらないのかなんなのか、他者はまるで同じだと思い、その事実は揺るがなく万人に理解されていると思っている。

 その瞬間、控室で見ていた面々が一斉に頭を抱える。そして、アサヒに向かって言葉を投げかける。

「兆は二文以上処理できねぇ! 馬鹿なんだ!!」

 キサラギが椅子を蹴る。

「説明するだけ無駄だ! 馬鹿なんだ!!」

 紫が無感情に叫ぶ。

「向き合うと損するぞー! 馬鹿なんだ!!」

 焔羅は観客に向かって言い放つ。

「まじめに考えるな! 馬鹿なんだ!」

 レイが頭を抱えて項垂れる。

『……馬鹿なんです』

 光の無線だけが、妙に静かだった。


「……え……?なんで?」

 兆の切ない声が響く。

 そんな二人の状況とは裏腹に、アギルたちはずっとギラギラした面持ちで、こちらに構えを取る。そしてアギル刀を握りしめ床を蹴り上げる。

 その瞬間前に出たのは兆だった。

  鉄が軋む音が、会場の空気を切り裂く。

 兆の手に握られていたのは、鎖で繋がれた鉄球型のスパイク――まるで戦場の獣のような、凶悪な武器だった。

 ぐるん、と振るえば鉄球は大きく弧を描き、観客席からも息を呑む音が漏れる。重く、鈍く、しかし妙にリズムのない動き。

 それは“読めない”というより、“そもそも法則が存在しない”かのようだった。

 振り下ろせば地が砕け、振り回せば風がうねる。巻き添えになりそうな一撃の数々。

 そんな鉄の塊の起動さえ、アギルはふわりとよけ続ける。刀を持つ逆側の指先から飛んでくる鋭い針。サイボーグのような腕。

 けれど――おかしい。

 不思議と、その一撃はアサヒには決して当たらない。

 むしろ、アギルの動きがアサヒを捉えかけた時――そのすべてに、兆が割り込んでいた。

(……まさか、守ってくれてた?)

 それは、言葉のない信頼だった。兆は言わない。説明もしない。ただ、そこにいる。

 意味不明な奇行を繰り返しながらも、アサヒを“傷つけさせない”ことだけは、本能のようにやってのける。

 そして次の瞬間、アギルが鋭い一撃を放った。

 仮面の奥から見据える視線。鋭い、迷いのない刃のような殺気。

 そのとき、アサヒの前に――兆がいた。

 ガン、と音が響く。

 その一撃を、兆のスパイクが受け止めていた。

 予知の指示も間に合わない一手。

 それは、本能と、感覚だけの動き。

「……ちゃんと、俺のために動いてくれてるんだ」

 アサヒの声が、わずかに震えながらこぼれた。

 兆の動きに“意味”があると気づいた瞬間、すべてが変わり始めていた。




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