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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第二章 彫刻家の孤独
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裏路地の神様

飲み屋に入る数時間前。

焔羅とレイは、裏通りの薄暗い路地を歩いていた。

「最近、この町でちょっと変な事件が起きてるんだってさ」

焔羅が声を潜め、レイに囁く。

「国際展が決まってから、急にさ。石なしの町なのに、暴れ出す奴とか、急に発狂する奴が出てきてる。それに――石付きの旅行者の失踪が何件も起きてるらしい」

レイは無言で聞きながら、足を止めずに歩き続ける。

「その事件、全部ある共通点があるんだよね。加害者も被害者も、最後にこの通りに出入りしてたってさ」

そう言って、焔羅はレイの肩に軽く腕を回す。レイは怪訝な表情を向けた。

「頭のいいレイくんなら……もうわかったでしょ?」

焔羅が親指で示す先には、鮮やかなバニーガールが立っていた。


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「あれをきめた時の万能感ってのはほんとうにたまらないよ」

酒のにおいを漂わせながら、男は陽気に笑っていた。

先ほどまでいた飲み屋を出て、さらに数本先の裏路地に案内しながら、酔っぱらいは上機嫌に話し続けていた。

焔羅は相づちを打ちながらも、絶えず周囲に目を走らせている。

先ほどの通りも確かに雑然としていた。しかしここはもっと――質の違う暗さがある。

「世界が全部、俺の言いなりになったかのような感じがするんだよ」

男が止まったのは、看板の文字が剥げかけた古いテナントビルの前だった。

扉には鍵がついておらず、男は勝手知ったようにそれを開ける。

中から漂うのは、消毒薬と湿ったカビのような匂い。そして――何か、鉄のような。

「こっちだ。見せてやるよ。お前ら気に入ると思うぜ」

焔羅はレイにほんのわずかに視線を送った。

その目が、「気を抜くな」と語っていた。

扉の奥の部屋は、外観からは想像できないほど整えられていた。

壁には吸音材のような黒いスポンジが貼られ、床には使い古されたシート。

中央には、鉄製のベッドが三台。いずれにも、人が横たわっている。

「……っ」

呻き声が漏れる。

レイが目を凝らすと、どれも痩せ細った若者たちだった。

腕には点滴。目はうつろで、口元は泡をふんでいる者さえいる。

「へへ、こいつら、試作品の初期バージョン打ってんだ」

酔っぱらいが楽しげに笑った。

「でもすげぇんだよ、一瞬だけ、マジで全部が見えるみたいになるってさ。

 ただ、何人か、帰ってこなくなっちまったけどな」

そのときだった。

部屋の奥の影から、ぬっと現れた人影にレイは肩を跳ねさせた。

「――誰の許可で、連れてきてる」

低く、感情のこもらない声。

出てきたのは、紙袋をかぶった男だった。

目の部分には雑にくりぬかれた穴。紙袋の底から覗く首元には、黒い刺青のような模様が浮いている。

「…余計なもん見せすぎだ。客なのか、視察なのか、どっちだ?」

男の声は低く、感情がこもっていない。

「視察視察ー。噂聞いて興味わいてさ、俺ってばこういうの大好きでさ」

焔羅は自身の目の下に刻まれている刺青をとんとんと指を刺した。2本の斜線のような形の印が両目に刻まれている。焔羅の目の下に刻まれている刺青は罪人の印としてよく知られている。

紙袋の男は無言で二人を見つめたまま、ゆっくりと歩を進める。

「…こい」

一人の男の腕に繋がれたチューブの先に、濃い紫色の液体がたまっている。

そして、その男の喉には――見覚えのある“石”が、埋め込まれていた。

「最新ロットだ。調整は済んでないが、こいつで――どう“変わる”か、すぐわかる」

レイの背筋に、冷たいものが走る。焔羅の表情も、さすがに硬い。

そのとき、ベッドの上の一人が、突然がばっと起き上がり、血走った目で虚空を睨んだ。

「もう見たくないッ……まぶしい!……ぁあああ……っ!」

数秒の静寂。

叫び声と同時に、男の身体が痙攣を始める。泡を吹き、軋むような音を立てて崩れ落ちていく。

そしてそれは、“根”のような塊へと――人ではない、何かへと変わった。


「…失敗だな、今回も」

紙袋の男が淡々とつぶやく。まるで、そこにいたのが"人間"ではなかったかのように。

焔羅が一歩引き、レイの肩を軽く叩く。

「……十分。ここから先は、俺たちの領分じゃない」

「……」

背後で、崩れた肉塊を処理する音が微かに聞こえる。

失踪する石付き、石なしに万能感を引き起こす薬。

気づきたくもない事実がつながってしまう。

手の震えが止まらず、動くことができないレイは無意識に剣の柄を握りしめていた。

怒りが、腹の底から煮え立つように沸き上がっていた。

「…レイくん?」

その熱に、自分でも驚いていた。

怒りとは、こんなにも内側から身体を焦がすものだったのか。

そんな二人をほんの少しだけ離れてみていた紙袋の男が言い放つ。


「…まて、お前ら、どこのもんだ」

紙袋の男が、初めて“疑い”を含んだ声音で、二人に問いかけてきた。


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