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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第九章 ゼフェリカの黙示録
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本戦開始

 地鳴りのような歓声が、巨大な天蓋を揺らした。

 観客席を取り巻く十数層の浮遊観覧台には、あらゆる国の旗が掲げられている。

 魔導投影で空中に浮かぶ実況ウィンドウが、今日の対戦表と各選手の姿を映し出していた。

 戦場となるアリーナは、都市一つ分の広さを誇るフィールド。

 観客の熱量が結界にまで干渉し、空間がわずかに歪んで見える。

 その中心。

 いま――開幕の合図を告げる巨大な“鐘”が、重く響いた。

「さぁ、始まりました!本戦は、五対五の団体戦形式! 先鋒から大将まで、それぞれタッグを組み、順に戦っていただきます!勝敗は“チーム単位”で決定――つまり、より多くの“勝ち数”を挙げた国がその対戦の勝者です!」

 ただの歓声ではない。

 それは祝祭であり、同時に“選別”の始まりでもあった。

 最上段の観覧席――

 各国の元首、評議員、長老、宰相。

 並び立つその眼差しは、祝祭よりもずっと冷たく、重く、鋭い。

 舞台の上にいるのは、国家の「戦力」。

 勝利は栄光であり、敗北は国益を削る。

 ――だからこそ、そこに立つ者には“その覚悟”が問われていた。

 その中に不釣り合いな少女がいた。少女、セレナはユルザの女王代理として、この戦いを見届ける立場にあった。

(ここからが本番……“試される”のは、戦士だけじゃない)

「なお、勝ち数が同数となった場合……最終決着は“サドンデス・デュエル”にて行われます!」

「いよいよだな……」

 ふたつのゲートが開き、砂を巻き上げながら選手たちが入場する。

 会場が揺れる。

 いま、祝祭が、“戦争”に変わる。

***

 観客の熱狂から隔絶された、アリーナの最下層――

 そこは調整員や記録官しか出入りできない管理領域。

 冷たい魔導灯の光が、無機質な石壁を照らす。

 その奥まった通信端末前で、光が静かに記録を再生していた。

「……紫さんは仕事ができるから助かる」

 小さく独りごちて、手元の魔導端末に目を落とす。

 表示されているのは、紫から送られてきた記録――

 各国の勝ち残り選手、その能力、行動傾向、戦闘スタイル、さらには“試合外”での動きまでが詳細にまとめられている。

 どうやら予選の間に各国の様子をそれとなく調査しながら動いていたらしい。

「……きな臭い国ばかりですね」

 光は別の資料を呼び出す。

 過去大会の記録、失踪者の名簿、各国の予算執行履歴――

 浮かび上がってきたのは、“賞品”の異常な偏りだった。

 光の視線が鋭くなる。

「こんな大会を公で行ってるなんて狂ってますね」

 指先で映像を止め、目を閉じた。

 開幕の鐘が、まだ鳴り響いている。

 ――祭典の始まりにして、侵略の幕開け。

 光は、誰よりもその空気を理解していた。


***

 二人の足音が、石の通路に鳴り響く。

 光が満ち、歓声が爆発する。

 開かれたフィールドの向こうには、彼女たちの対戦相手――

 〈タネナリア王国代表・マリエ&サフィール〉が、すでに立っていた。

「《ユルザ代表》、アリーナへ」

 ひとつの開幕。

 そして、“国の矜持”を背負った、最初の衝突が始まろうとしていた。

 まったく顔色の変わらない紫の横に努めて冷静でいようと心掛けているレイがいた。

***

 スタジアムの一角――

 ユルザ代表の控え席。刻一刻と動き出すフィールドを、彼らは見つめていた。

「……うわ、始まっちゃった……」

 アサヒが落ち着かない様子で見つめ、そわそわと足を揺らす。

「緊張してんのか?」

 キサラギはひとこと言うと、言葉を発さず、アサヒは首を縦に振った。

 焔羅が横目でそれを見てから、少し意地悪く笑った。

「先鋒、俺らのほうが合ってたんじゃねぇかと思わねぇ?」

 その言葉に、レイがチラリと振り向いた――ような気がしたが、焔羅は気にせず続ける。

「レイくんみたいな頭でっかちのタイプはさ、紫ちゃんの動きについてくの大変だと思うよ?」

「……うん。でも、きっと意味があるんだよ」

 アサヒはぼそりと呟く。

「レイってば、そういうのひっくるめて、考えてしがみつくタイプだし」

「……ふーん?」

 焔羅は興味なさそうな顔で、それでも少しだけ眉を上げた。

 再び視線をフィールドに戻す。

 そこに並び立つ、紫とレイの背中――

 背丈も気配も違うふたりが、それでもぴたりと並んで立っていた。

「……“考えて動く”のと、“考えなくても動ける”の、どっちが強ぇか。見ものだな」

 焔羅が口にしたそれは、揶揄ではなく、ほんの少しだけ羨望を滲ませていた。


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