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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第九章 ゼフェリカの黙示録
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黒鉄の門

 湿った空気の中、紫は足音を殺して移動していた。

 崩れた監視塔の影を抜け、鉄骨の間を縫うようにして進む。


 胸元の小型通信機が、低く震えた。

 仲間からの信号――短く規則的なリズム。

(焔羅の合図。あいつは、取ったな)

 紫は足を止めると、通信機に指を走らせ、光の粒を投影した。

 地図のように浮かび上がる三次元座標。その一点が、赤く灯る。

 ――鍵:取得済。

 続いて、別の地点にも淡い青の光が点る。兆とレイの位置だ。

(ふたりも……成功したか)

 まるで地図にマーカーを打つように、ひとつずつ光が増えていく。

 その光景を見ながら、紫の表情は変わらない。だが、心の奥で静かに計算は進んでいた。

(合流できるのはおそらく……あと二手分。焦る必要はないな) 

 その時だった。

 風の向こう――血の匂い。

 紫は息を殺して、瓦礫の上に身を伏せる。

 見下ろす先、半壊したドーム状の施設の内部で、何かが蠢いていた。

 暗がりの中、ひとつの鍵が光を放つ。

 だが――それを手にした者の仕草が、異様だった。

 骨のように細い指先が、鍵を握りしめて震える。

 その周囲には、他の選手たちの身体が転がっていた。動かない。

 中央に立っていたのは、ゼフェリカの選手と思しき女。

 全身を黒の布で覆い、目元だけが覗いている。だがその瞳だけが、異様な興奮に濡れていた。

 その女の足元に、鍵が血まみれで輝いていた。

(……あれが、ゼフェリカか)

 肩口の紋章に紫は心の中で呟く。

 彼女のその姿は、戦闘というよりも“儀式”に近かった。

(他国にどう思われても関係ないってことか……この先は“試合”じゃ済まねぇな)

 紫はすぐにその場を離れた。

 背後でまた、あの女が低く笑った気がして、紫は自然と眉をひそめる。

 通信機に指を走らせ、新たな地点にマークを追加。

 ――鍵:取得済。

 静かに、しかし確実に、光の点は集まりつつあった。 

(集まってるな、地図も、鍵を手に入れた連中も)

 視界に浮かぶマップの中央、脱出地点へのラインがぼんやりと浮かび上がる。

 その光を見つめながら、紫はゆっくりと背を向けた。

「鍵はもう二つも手に入れてるし……そろそろ、“裏の仕事”するか」


***

 風がざわつく谷間を、キサラギ達は一定の速度で駆けていた。

 足音ひとつ残さず、靴底が濡れた岩をかすめる。

 霧の向こう、わずかに開けた岩棚の上――《黒鉄の門》が姿を現す。

「これが……脱出口か」

 焔羅は門に手をかざし、ゆっくりと息を吐いた。

 だがその指が触れる前に、キサラギが制した。

「待て。まだ早い。全員そろわなきゃ意味がない」

「はあ? 来た奴から抜けていいシステムじゃないのかよ」

「全員門を抜けるのがルールだ。扉は一度しか開かない。時間は20分。――その後は、閉まる」

 焔羅は口を尖らせたが、言い返せない。

 キサラギはすでに小型端末を展開し、仲間たちの位置を確認していた。

(兆と双子はすでにこちらに向かっている。紫は……裏手の高台か。迂回ルートを取ったな)

 小型端末の三つの点がキサラギ達の場所に重なる瞬間。

 霧の中、複数の気配――

 兆とレイ、アサヒが、ほぼ同時に門前に姿を現した。

「おお、来た来たー」

 焔羅が手を振ると、アサヒが駆け寄ってきた。

「まだ紫が来ていない」

「でももう開けちゃえば――」

「言ったはずだ。“全員そろわなきゃ意味がない”」

 短く、鋭い声音。

 兆が歯を食いしばるが、次の瞬間、通信機が低く震えた。

 ※……ピ、ピィィ……※

 紫からの合図。接近中。

 キサラギは口元だけで、わずかに笑った。

「……間に合うな」

 そのとき、背後の岩陰から不穏な気配――

 その「気配」は、味方ではなかった。

 門の正面、瓦礫を越えて現れたのは、かの〈ラウ=ミディア帝国〉の王女――ミィナ。

 絢爛な礼装に身を包み、傍らには無言の近衛騎士〈ファーニス〉が付き従う。

「ねぇ、せっかくだし、あなたたち“鍵”を置いていかない?」

 甘やかな声。その響きが耳に触れた瞬間、アサヒがほんのわずか、瞳を揺らした。

 焔羅がすかさずその襟首を引っ張って引き戻す。

「……うちの子たぶらかさないでくれない?」

「なんだ、この匂い……魔力か?」

 レイのつぶやき。あたりに立ち込める魔力をまとった甘い匂いに顔をしかめる。

「……くせぇ」

 兆も鼻を抑える。どうやら鼻のきく兆には堪えるようで、瞳の焦点が合っていない。

「ひどーい、そんな顔するなんて。いいにおいでしょ?」

 匂いと呼応するかのように、頭に響く声。

「……お互い鍵は保有してるはずだ。奪っても意味ないだろう」

キサラギの問いかけに、ミィナは頬に指を添えてくすりと笑った。

「だって、敵は少ない方がいいじゃない?」

 次の瞬間、ファーニスが動いた。

 重装の音が響く。獣のような踏み込み――キサラギがファーニスの重たい大剣をかわす。

「アサヒ、レイ、焔羅――今のうちに門を開けろ」

「紫がまだ来てない!」

 アサヒの言葉にキサラギが答える。

「紫が来れば、突破できる」

「でも!――っ」

「信じろ、来る」

 会話をする暇もなくファーニスは再び剣を振りかぶる。

 キサラギは冷静に攻防を繰り返していたが、目の奥に鈍い光が差す。

(……まずい、あの匂いは感覚を狂わせる。兆は匂いにやられてるし、俺も判断力が落ちてる)

 大剣の重みに身体をはじかれそうになった瞬間。

 ――ガン、と。

 金属を叩くような高い音。

 ファーニスの剣を、横からの一撃が弾いた。

「…待たせた」

 霧の帳を蹴破るように、紫が現れた。

 その背に大剣。

 冷えた空気すら切り裂くような眼差し。

 ひと目で全員が、状況の“変化”を悟った。

「紫……!」

 アサヒが小さく叫ぶ。

「開けろ。今しかねぇ!」

 焔羅がカギを差し込み、ナイフでパネルを操作する、アサヒとレイが両側から重たい門を押す。

 ――ガンッ。

 《黒鉄の門》が重々しく開き始めた。

 その向こう、確かに“光”が見えた。

「走れ!!」

 焔羅の声に、全員が駆ける。

 紫とキサラギはファーニスの攻撃を受け流しながら、最後に背を向けて一気に跳んだ。

 直後、重い音と共に門が閉まる。

 背後、ミィナがふくれっ面でつぶやいた。

「つまんな~い。でも、またすぐ会えるわよね?」

 閉じた扉の前に、薄く広がる霧が残った。


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