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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第九章 ゼフェリカの黙示録
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鍵の番人、無傷の突破


 焔羅は、鍵が埋まった封印器の前に立ち尽くしながら、指を軽く鳴らした。

 霧の奥からまたひとり、足音が忍び寄ってくる。

 (……これで何人目だよ)

 武器を構えた影が現れる。躊躇なく飛びかかってきた。

 焔羅は片手で受け、回転を加えて腕を極め、そのまま地面に叩きつける。

 「ぐ……っ」

 衝撃と共に相手の意識が落ちるのを確認し、焔羅は素早く後ろ手に拘束をかけた。

 「殺してねぇから感謝してほしいわ、マジで……」

 倒れた身体を谷の外れへと引きずる。

 すでに同じような“気絶兵”が三人目だ。

 「よくまあ、こんな気味の悪いとこに来れるな……ご苦労なこと」

 鍵の存在が周囲には気持ちの悪い力が漏れているのか、それとも“罠”として設計されているのか。

 どちらにせよ、黙って立っているだけで次々と人がやってくる状況に、焔羅は心底うんざりしていた。

 「……めんどくさすぎィ!早く来てよ、キサラギ……」

 誰に聞かせるでもなく、低くぼやく。

 その瞬間だった。

 ――ぞわり、と。

 肌をなぞる異質な殺気。空気が変わった。

 今までの者たちとは“何か”が違う。

 焔羅は即座に立ち上がり、重心を落とす。

 霧の奥。赤黒い光が滲む。

 現れたのは、白い人影――その気配は、殺気でも焦りでもなく、ただただ冷たい“使命感”のようなものだった。

 白装束に赤い模様、瞳は金。無垢な顔立ちに不気味な静けさをもつ少年がたたずんでいた。

 焔羅は唇を吊り上げ、口の端をゆがめた。

「……それはそれで面倒かもー……」


***

 塔の最上階――そこは、天井も壁も途切れ、外の空がまるごと見える吹き抜けの空間だった。

 石造りの床に、蔦のような触手が絡みついている。天井や壁の縁からも、無数のそれが垂れ下がり、中央では異様な光を放つ《鍵》が宙に浮いていた。

「……ここ、か」

 兆が口を開くより早く、レイが言った。

 どこからどう見ても、トラップの匂いしかしない。

 中に踏み込むかどうかを迷っていたその時――

「……だれかぁーーー!!」

 外から声がした。

 レイの背筋が凍る。

 塔の下、瓦礫の中で、アサヒが巨大な魔獣に追われていた。

「アサヒ……!」

 思わず身を乗り出したその瞬間、背後の通路が“バタン”と音を立てて閉ざされる。

 最後の退路。もう前に進むしかない。

 レイは息を飲み、触手の蔦へと足を踏み入れた。

 ――ドッ。

 耳鳴りのような衝撃音が脳内に響いたかと思えば、世界が歪んだ。

「レイ……悪い子ね、アサヒを守るのがあなたの役目でしょ」

 暗闇の中、懐かしい声が響く。見知った人影が、そっと頬に触れた。

 (……母さん?)

 冷たい手。優しげな声。だが、何かがおかしい。

 (違う……これは……)

 触手が身体に触れるたびに、 懐かしいはずの記憶が、次々と浮かんでは消えていく。

 (前にあった……精神攻撃系の幻術だ)

「兆!触っちゃだめだ! これは――!」

 レイのその叫びは意味をなさなかった。兆はレイが思うよりもずっと先に進んでいた。

 壁からは這い出した触手を、素手で薙ぎ払い続ける。

「うざい、どけ」

 苦悶の色を浮かべても、怯む様子は一切ない。

 幻覚が見えているはずなのに、それを無視するように――いや、気にしていないかのように、ただまっすぐ鍵へと向かっていく。

「……まじかよ」

 唖然とするレイをよそに、兆は触手の渦中を突き進み、ついに鍵を掴んだ。

「取った」

 当たり前のように戻ってきた兆は、触手を斬り裂きつつレイの腕を取る。

「……え?」

 レイは嫌な予感に小さく声を漏らした。

「行くぞ」

 次の瞬間、兆は塔の縁を蹴った。

「ーーーーーーーーー!!!!」

 風を切る音とともに、二人の身体が宙を舞う。

 加速する落下――だが、兆は瓦礫のわずかな隙間に正確に着地した。

 目の前には、魔獣に追い詰められたアサヒの姿。

「レイ! 兆!」

 涙目で叫ぶアサヒ。レイは別の意味で涙目だった。

「どけ」

 その一言と共に、周囲に爆風のような衝撃が走った。

 複数の魔物が吹き飛び、地に伏す。

 心臓の鼓動がうるさい。

 レイは呆然と口を開いた。

「……あの魔物、相当強力な精神攻撃してたはずなのに。なんで……」

 兆はちらりとレイを見て、鍵を軽く持ち上げた。

「え?鍵取るルールなんだろ?違ったか?」

 その無垢とも天然ともつかない声音に、レイは言葉を失った。

「それに――お前、弟が心配だったんだろ?」

 まるで天気の話でもするような声だった。

「たすかったー!ありがとう!!」

 アサヒが泣きながら兆に飛びつく。

 その光景を、レイはぽかんと眺めていた。

(……無根拠な行動力……謎の納得力)

 レイは頭の中で情報を処理するのにしばらくかかった。 





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