表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第九章 ゼフェリカの黙示録
101/141

鍵の前で

***

 転送の感覚が消えたとき、紫はすでに剣に手をかけていた。

 静まり返った廃墟の一角。風はなく、空気は湿っている。

 剣を抜くまでもなく、周囲に敵の気配はない。

 だが、紫は気を緩めることはなかった。

(ここは……建物の跡。軍事施設か)

 焼け焦げた鉄の匂い。瓦礫の中に混ざる、規則的な魔力の残滓。

 何かが封じられていた痕跡。そしてその中心に、光っていた。

 赤く脈打つ、鍵。

 金属の台座に固定され、周囲には防壁とセンサーが張り巡らされている。

 しかし、紫が警戒したのはそれだけではなかった。

 金属音。視界の奥、崩れた鉄扉の向こうから、足音が響く。

「……それ以上、近づかないで」

 現れたのは、一人の少女兵だった。

 灰のような金髪。目元に刻まれた、深い隈。年齢は紫よりだいぶ下だろう――だが、目だけが、異様に老いていた。

 少女の手には銃。背には小型の魔導機関が装着されており、装備は重火器に特化している。

 国章は潰されていて、どこの国に属するかは判別できない。

「これ以上近づいたら撃つ」

 少女はそう言って、銃口をこちらに向けた。

 瞳は淡い青。だが、その奥には焦げ跡のようなものがあった。

 言葉の調子には、迷いと決意が同居していた。

 紫はこういう瞳を知っていた。嫌というほど見たことのある目だ。

「…あぁ…”命に代えても”とか言われてるクチか」

 紫の何も包もうともしない表現に、少女は口をつぐむ。

 紫は目を細めて観察した。

 銃を持つ手がわずかに震えている。けれど、視線は逸らさない。目だけは、殺すことに慣れている目をしていた。

「……ひどい顔だけど、人質でも取られてんの?」

「――あんたには関係ない!」

 銃口がわずかに揺れたその瞬間、空気が張り詰める。

 少女の身体に宿る魔力が反応し、魔導機関が微かな音を立てた。

 紫の足が、一歩動いた。そして紫の眼光が鋭く光った。

「……来んの?」

 少女の声が震えていた。怒りか、恐れか、それともその奥にある、別の何かか。

 紫はゆっくりと、背中の大剣に手を伸ばした。

 その動きに、少女が反応する。

 銃口が火を噴こうとしていた。


***

 転送の衝撃が抜けたあと、キサラギは淡々と足元の地面を確認した。

 小さな砂礫と砕けた岩。魔力の痕跡は薄い。ここは比較的、安全地帯の端にあたる場所――と、判断した。

(……予定通り“ばら撒かれた”な)

 空には霧。周囲には丘のような起伏が続いており、目視だけでは索敵も困難だ。

 それでも、キサラギの頭の中ではすでに、全体の地形構造が仮想的に組み上がっていた。

 耳を澄ます。風の音。獣の鳴き声。金属の反響――。

 各地点の微かなノイズが、仲間の存在や敵の活動を示していた。

 次に取り出したのは、通信機ではなく解析用の魔導円板。指先で起動し、空中に淡い光の粒子を走らせる。

 点と点が浮かび上がる。霧の向こうに隠された“発光反応”。

 それは、メンバーが所持している個別信号――

「……兆とレイ、あの塔か」

 片側の高地。魔力濃度の高い地帯の付近に、二つの反応が並んでいた。

 続けて、もう一つの方向から――微かだが、独自の“音信号”が飛んできた。

 ※……ピッ、ピ……ピィィ……※

 高周波のパルス。共振式の呼び出し。

 焔羅が使う、位置伝達信号だ。

 キサラギは眉をほんのわずかに動かした。

(あいつ、既に“鍵”の前にいる……だが単独では解除できない構造か)

 さらに周囲の信号を調べる。紫、アサヒ、兆、レイ。

 誰もが、異なる“鍵”のエリアに近づいている。これは偶然ではない。

 ――いや。偶然としても、好都合だ。

 鍵は全部を取る必要はない。

 キサラギの役目は、全員を“勝たせること”ではない。

 全体の構造を把握し、必要な戦力を必要な場所に導くこと。

(まぁ、とりあえず、誰も死ななきゃ問題ない)

 キサラギは、軽く地を蹴って移動を開始した。

 進行方向は――焔羅のもと。最も解除に“協力者”を必要とする地点だ。

 走りながら、袖の内側にある小型信号機に触れる。

 短く、だが特定のリズムで。

 ※……タッ、タタ……タタタ……※

 今度はこちらからの合図。

 焔羅に、**「向かっている」**という旨を知らせるパターンだった。

 霧が風に流れ、視界がわずかに開ける。

 その向こうに、湿った谷のような地形――

 大きく“鼓動”のような魔力の波が、そこから漏れていた。

(……予定より早い展開だな)

 キサラギは息を整え、足を止めずに考える。

 このまま鍵を誰かが一つ確保できれば、次のフェーズは比較的スムーズだ。

 だが問題は――その“スムーズさ”を、誰が壊しに来るかだ。

 彼の思考は常に、敵の動きまでを含んでいた。

(来るなら……“ゼフェリカ”か)

 仮面の少年。アギル。

 キサラギは小さく息を吐く。

「敵も味方もめんどくさいやつが多いな……」

 皮肉を呟いて、霧の中へ消えていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ