表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第九章 ゼフェリカの黙示録
100/140

鍵と牙

 転送の光が収まると、そこは朽ちた石畳が斜めに崩れた広場だった。

(みんなバラバラか……どこにいったんだろ)

 そんなことを考えながら、静かに瓦礫の隙間を縫って歩いた。しばらく歩くと一番開かれた場所に出た。 

 地面には赤黒い染み、焦げ跡、剥き出しになった骨のようなもの――戦闘の痕がいくつもあった。

 アサヒは息を呑んだ。風が吹くたび、何か焦げたような匂いと鉄の臭いが鼻についた。

 アサヒはとっさに自身の携えている剣を握った。

 地面には倒れたまま呻き声を上げる兵士――否、選手たち。国籍の違う紋章の装備をつけたまま、誰かに一撃で打ち倒されたようだった。

 その中央。

 一人の少年が、血溜まりの中心に立っていた。銀白の仮面、肩に乗る黒猫。そして手にした、黒く煌く「鍵」。

 目が合った。仮面の奥の瞳が、鋭くアサヒを射抜く。

「……君が、やったの?」

 思わず問いかけてしまった。

 その少年は何も答えない。ただ、黒猫が低く喉を鳴らし、尻尾をくるりと揺らした。

 次の瞬間、呻いていた負傷者の一人が咳き込んだ。その様子にアサヒは咄嗟に駆け寄り、手を差し出した。

「大丈夫、大丈夫だから……っ」

 指先から光が溢れる。

 手の甲の“石”が淡く輝き、負傷者の身体に柔らかな波紋のような光が走る。

 血が引き、骨が鳴り、傷が塞がっていく。

 苦悶の顔が穏やかになり、静かな寝息が聞こえた瞬間、アサヒはほっと胸を撫で下ろした。

 ユルザでの一件以来、力の使い方には少し慣れてきた。

 クロガネに剣を直してもらってから、何となく、剣も石も自分に応えてくれる気がしていた。

 ふと気配を感じて顔を上げる。

 仮面の少年――アギルが、こちらを凝視していた。

 その瞳には、驚きと……焦りのような感情が浮かんでいる。

 視線の先には、アサヒの手の甲の石と、腰の勇者の剣があった。

「その力……」

 アギルが囁いたように言ったかと思えば、次の瞬間には空気が裂けた。

「っ――!」

 反射的に飛び退く。刃が目の前をかすめ、アサヒの肩を浅く裂いた。

 痛みに顔をしかめつつ、剣を抜こうとしたその手を、アギルの脚が狙う。

 一瞬のうちに間合いを詰めてくるその速度と技量に、アサヒの防御は間に合わなかった。

 地面に転がる。手から滑り落ちた剣。

 アギルが鍵を拾うと同時に通信機が起動する。

 微かな音声が漏れた。

 『……良い素材だな。生かしておけ』

 男の声。冷たい、感情のない命令。

 アギルの表情がわずかに揺れたように見えた。だがすぐにその顔は、仮面の下に沈む。

「……了解」

 そう言葉を放つと、アギルは踵を返した。黒猫が静かにそれに従い、再びアサヒの方を振り返る。

 何か言いたげな気配だった。だが、言葉にはならない。

 気づけば、アサヒの周囲に異音が満ちていた。

 地面が揺れる。影が増える。……這い出してくるのは、魔物たちだった。

 腐臭と瘴気を纏い、複数の影がアサヒを包囲していく。

「…えぇ…うそぉ……」

 魔物たちは、アサヒの持つ石と剣に反応するように、低く唸り声を上げた。

 その気配に、全身がこわばる。

 アサヒは震える手を無理やり落ち着かせ、勇者の剣を握る。構える。

 そのとき、最も大きな獣の唸りが辺りに響いた。

「やっぱ、無理かも!」

 アサヒは叫びながら、剣を抱えて魔物たちの間をすり抜け――全力で走り出した。


***


 木々のざわめきがやけに近く、足元の草が濡れていた。

 レイは転送の光が収まるなり、すぐに辺りを見回した。だが、誰の姿も見えない。

(……バラバラに飛ばされたか。アサヒ……大丈夫かな)

 心臓が妙に早く脈を打っていた。嫌な胸騒ぎが、ずっと消えない。

 風に煽られる枝を手で押しのけながら、森をかきわける。

 そのときだった。

 すぐ前方、茂みの向こうに人影が見えた。反射的に身構えたが、その輪郭は見覚えのあるものだった。

「……兆?」

 兆は、倒れた魔物の横に立っていた。血飛沫を浴びた腕を無造作にぬぐい、振り返る。

「お前か。えっと、アサヒ?」

「俺はレイ」

 どうやら兆は双子の見分けがまだついていないらしい。

「弟か?」

「兄」

 地面には、すでに二、三体の魔物が倒れていた。兆の息は乱れていなかった。

 レイは小さく息を吐いた。

「……一緒に動こう。無闇に離れるのは得策じゃないし」

 兆は頷いた。

 しばらく森の中を抜けて歩くと、霧の向こうに黒い尖塔が見えた。

 魔力が滲むように流れ出している。塔の中腹にある赤く光る装置――いかにも鍵が隠されてそうな雰囲気。

「あそこか」

「鍵……探しながら、アサヒも探さなきゃ」

 そう言ったレイに、兆が目を向けた。

「なんでだ?」

「……あいつは、戦闘向きじゃない。し……見習い、だし……」

 言いながら、自分でも歯切れが悪いと思った。

 理由はいくらでもあるはずなのに、うまく言葉にならなかった。

 兆は、一拍だけ間を置いてから答えた。

「そうか」

 ただそれだけだった。

 レイは思わず言葉を失った。

 もっと何か訊かれると思っていた。理由を問われるとか、心配しすぎだと笑われるとか――。

「……いや、そんなあっさり……」

「お前が気にしてるなら、探せばいい。それだけだろ」

 兆は淡々と言い、前を向いて歩き出す。

 その背中を見ながら、レイも小さく笑った。

 何かを深く掘り下げるでも、否定するでもない。ただ、まっすぐに前を向く兆のその姿に、少しだけ救われた気がした。

「……うん、そうだな」

 小さく呟いて、レイもあとに続いた。


***


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ