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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第二章 彫刻家の孤独
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静かな彫刻家、騒がしい街

 クラリッサは口数の少ない女だった。

 けれど、不愛想というわけではない。話しかければ、ふとしたユーモアや、柔らかな笑みを返してくれる。

 話していて気づいたのは、その儚げな雰囲気とは裏腹に、思った以上に男勝りな性格だということ。

 おそらくクラリッサは、初対面の相手や、深く言葉を交わさない人たちから、誤解されやすいタイプなのだろう。

 アサヒたちは、展示会場の吹き抜け二階から、そのクラリッサの制作風景を眺めていた。

 クラリッサは、驚くほど細い腕で迷いなく石を削る。

 傍らには、助手のヨシュアがぴたりと寄り添い、彼女が工具を替えようとすると、すかさず次の工具を差し出す。

 クラリッサは、ほんの少し眉をひそめ、けれど口元だけゆるめて「ありがとう」と小さく礼を言う。

 そしてまた、すぐに石と向き合う。

「見て。今日もまた、クラリッサがヨシュアをこき使ってるわ」

 同じく二階にいた展示スタッフらしき女性たちの声が聞こえてくる。

「なんであんな自分一人じゃ持てないような素材、わざわざ使うのかしらね」

「今回の国際展だって、館長のお気に入りだから選ばれただけなんでしょ?」

 そんなことを言い合いながら、彼女たちは台車に広報物を積み終えると、どこかへ去っていった。

「彫刻家ってのも大変だな。あんなふうに嫉妬の標的にされて」

 紫の低いつぶやきに、ニアがぽつりと応じた。

「そうでも思わなきゃ、きっと自分に折り合いをつけられないんだよ。あの人たちも」

 ニアは絵描きだ。きっとクラリッサの気持ちが一番よくわかるのだろう。

 アサヒは二人の会話を聞きながら、クラリッサの作業をただただ眺めていた。

***

「いえーい!!かんぱーい!!!」

 今日だけで何度耳にしたかわからない掛け声が、通りに響く。

 バニーガールたちと、そのへんの男たちが、誰が誰かもわからないままグラスを打ち鳴らしていた。

 その中には、もちろん焔羅の姿もあった。

 ――なんでこんなとこに俺はいるんだろう。

 レイはその喧騒を、隅の椅子で小さくなって眺めていた。

 過干渉な母に育てられた彼にとって、この場の空気はまるで異世界だった。

「おにいさん、めっちゃ若いよねぇ?いくつなの?」

 一人のバニーガールがグラスを片手に、にじり寄ってくる。

「え……俺は、じゅう……」

「あー! レイ君ってば、もう飲み物ないんじゃない?」

 焔羅が割って入り、さりげなくレイの発言を遮る。

 察したレイは、小さくつぶやく。

「……お茶で」

「愛想ない子〜!」

 焔羅がおどけて笑うと、バニーガールもつられて笑い、空気がなごんだように見えた。

 その時、酔った男の一人がこちらに話しかけてきた。

「あんたら、この辺の人間じゃねぇよな? まさか、石もちの町の雰囲気に疲れて逃げてきたクチか?」

「ここはよ、石なししかいねぇ。あっちじゃ石もちが仕事も女も優遇されて、こっちはゴミ扱いさ」

 男の声には、怒りと悲しみが滲んでいた。

 焔羅はちらりとレイを見て、目を細める。

 それを感じ取ったレイも、頷くように小さく応えた。

「ひでぇよなぁ。出張で来てんだけど、石もちのやつら、俺らだけ外回り行けって追い出してきてさ」

 焔羅はそう言いながら、男の肩に腕をまわす。

「そっちだけ冷房の効いた部屋で楽してんだもんな。ずりぃ話だよ」

 レイも乗っかるように言葉を添える。

 共感を得た男は、すっかり気をよくして語り出す。

「たまに外から来たバカな石付きがここに迷い込んでくるけどな、ここは俺らの場所なんだよ」

 そう言って男は、グラスを煽ったあと、少し声を潜めて続けた。

「お前ら、わかってんじゃねぇか。いいもん紹介してやろうか?」

 焔羅とレイは、男に気づかれないように視線を交わす。


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