薄命の空②
手術室付近の家族控室は静寂と緊張に包まれていた。
ここには私と母、蒼空の家族がいる。
蒼空の両親は手を祈るようにしながら、息子の帰りを待っている。
妹の美月ちゃんは鬱ぐように俯いており、意識が抜けているようだった。
ここに来てどれくらい経つのだろう。
永遠と言えるほどの時が流れているように感じる。
私の母は「大丈夫、きっと助かる」と言うが、その言葉は私の心まで届いていなかった。
蒼空が死んでしまう恐怖が胸に纏わりつき、吐き気を何度も催していた。
手足が震え、悪寒が背中をなぞる。
神様なんて信じていないが、このときだけは神様に祈った。
――蒼空の命を救ってくれるのであれば、この命を差し上げます
何度も何度も頭の中で復唱した。
神様からしたら都合のいい人間と思われるかもしれない。
私を嫌悪しているかもしれない。
それでもこの願いだけは叶えてほしい。
もう何も望まない、蒼空が他の人と結ばれてもいい、蒼空が自分のことを嫌いになってもいい、ずっとひとりぼっちのままでいいから、蒼空だけは助けて下さい。
能う限り祈った。
両手の指が軋むほど力を込めながら、一生の運をすべて使い切るように。
神への信仰を誓い、契りを結ぶように。
この瞬間に私のすべてを捧げた。
幼馴染に、
救ってくれた人に、
隣で笑ってくれた人に、
私の大好きな人に――
控室の扉が開き、担当医だと思われる人が入ってくる。
私は瞬間的に顔を伏せた。
表情で結果が分かるのが怖かったから。
「蒼空は助かったんですか?」
蒼空のお母さんの声だ。
子の命を案じていたことが声だけで伝わってくる。
だが言下に振り下ろされた言葉は、
「残念ながら……」
神への祈りが呪いに変わった。そして絶望へと引き込まれる。
蒼空の両親はその場に崩れ落ち、慟哭の雨を降らせた。
医師は言葉を慎重に選びながら二人に声をかけている。
母は私を抱きしめた。きっと寄り添ってくれているのかもしれない。
でも、慰めも、同情も、励ましも、気遣いも、何もいらない。
蒼空の命だけあればいい。
なんで蒼空なの?
なんで、死んだの?
なんで……
私の大切な人は十七歳という若さでこの世を去った。
窓の外には、弔うような白い雪が降っていた。