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孤独は夜空で星を結ぶ  作者: 最下真人
【四章 星と月】
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回想・天色に染まる月①

 幼い頃は何事にも自信がなく臆病な性格だった。

 小学校に入学すると、みんなが友達を増やしていくのに対し、私の周りには喧騒だけが響いた。

 教室から外で遊ぶクラスの子たちを眺めながら、その中で楽しそうに笑っている自分の姿を想像する。

 みんなが私を囲んで、「美月ちゃん」と名前を呼ぶ。

 そんな夢を教室の隅で思い描いていた。


 ある日の夜、お兄ちゃんとこっそり家を抜け出し、岬公園で月を見た。

 夜というキャンパスに描かれた月は、今まで見た何よりも美しく、私はその光景を目に焼き付けた。


 家に帰ったあと、夢中でノートに月を描いた。

 あの美しい月を手元に置いておきたいと思い、必死に思い出しながら色鉛筆に感情を乗せた。

 このときの拙い月の絵が、私の夢の始まりだった。


 それから一年経った小学二年生の秋ごろ、お兄ちゃんが初めて学校の人を家に連れてきた。

 四年生までは陽一くんという仲の良い友達がいたらしいが、家に来たことはない。

 その子が転校してからは、お兄ちゃんの口から友達の名前を聞いたことがなかった。

 でも最近、女の子と一緒にいる姿を学校でよく見かける。

 今日来てるのは、たぶんその子だ。


 私はそっと部屋の前まで行く。

 どんな話をしているんだろうか? 

 友達ってどういう風に作るんだろう?

 私の知りたいことが目の前の部屋に詰まっていると思った。 

 ドキドキしながら中の声を聞こうとしたとき、急にドアが開いて女の子が目の前に現れた。

 いけないことをしているからか、目があった瞬間に体が動かなくなった。


「伊賀と甲賀、どっちの者だ。名を名乗れ」


「奥村です」


 名前を聞かれたと思い、そう答えた。

 女の子は私を怪しんでいる。自分の家にいるのに泥棒になった気持ちがした。


「千星、俺の妹」


 女の子の後ろで、お兄ちゃんが言った。

 兄の声を聞けたからか、少しホッとする。

 お巡りさんに職務質問を受けている人の気持ちが何となく分かった気がした。


「家康の後輩かと思った」


 女の子がお兄ちゃんの方を向いて言う。


「伊賀も甲賀も後輩ではないから」


「地元の怖い先輩に率いられてるんじゃないの?」


「そんなヤンキーみたいな関係性じゃない」


 なんの話をしているのか分からなかったが、二人のやりとりを見て、友達っていいなと思った。


「美月、この人は同じクラスの藤沢千星」


 お兄ちゃんが紹介したあと、女の子は胸を張って「私が藤沢だ」とドヤ顔で言った。


「妹の奥村美月です」


 六年生の人とはあまり話したことがなかったため緊張した。

 どこに目線をやればいいのか分からず、ずっと自分の靴下を見ていた。


「美月、絵を見せてあげて」


 お兄ちゃんがそう言うので、二人を部屋に案内して月の絵を見せた。

 初めて他人に絵を見せるため、どんな反応をされるのか怖かった。

 もし下手と思われたらどうしよう……


「すごい、上手だ」


 アクリル絵具で描いた『海の上空に浮かぶ月』の絵を見たあと、千星ちゃんは笑顔で言った。

 褒められたこともそうだが、それ以上に、自分の描いた絵で人を笑顔にできたことが嬉しかった。


「絵ってこれだけ?」


「まだいっぱいある……」


「もっと見せてよ」


 机の引き出しから小さいキャンバスボード取り出して見せると、千星ちゃんは目を輝かせていた。


「美月ちゃん本当に上手だね。将来、絵師になれるよ」


「私なんかじゃ無理だよ……」


「なれる。私がなれると言ったからなれる。なれ川なれ子だよ」


 最後のは意味が分からなかったが、自分が認められたようで嬉しくなった。

 後ろにいるお兄ちゃんを見ると、優しく微笑んでいる。

 この時、初めて外の世界と繋がれた気がした。

 絵というものが自分の存在を肯定してくれて、生きる意味を与えてくれた。


 それから千星ちゃんと仲良くなり、学校や家でよく話すようになった。

 千星ちゃんはなぜか、同学年の子とあまり話していないみたいだ。

 私の前では笑ってくれるのに、六年生が目の前を通ると顔が暗くなる。

 お兄ちゃんにそのことを話すと「千星にそのことは絶対に聞かないで」とだけ言われた。

 触れてはいけないことなのかなと思い、それ以上は何も聞かなかった。


 普段は学校で絵を描かなかった。

 見られるのは恥ずかしいので内緒にしていたが、


「みんなにも見せた方がいいよ」と千星ちゃんが言うので、昼休みに自分の席で絵具を用意し、海の上空に浮かぶ月を描いた。


「何描いてるの?」


 クラスの女の子が上から覗き込んでいた。

 どんな反応をするんだろう? 

 上手くないと思われたらどうしよう?

 そう考えたら、心臓が飛び出るんじゃないかと思うほどバクバクした。


「美月ちゃん上手だね。すごいよ」


「あ、ありがとう」


「ねえ見て、美月ちゃんって絵描けるんだよ」


 その一言で、クラスの子が私の席に集まってきた。


「本当だ。すごい上手」


「綺麗なお月様だね」


「美月ちゃんすごい」


 外の世界で聞こえていた音が自分に向けられている。

 同じ音なのに、ひとりぼっちのときとは聞こえ方が違う。 


「私にも教えてよ」


「うん……」


「じゃあ今日うちで描こうよ。美月ちゃんも来て」


「いいの?」


「うん」


 ずっと頭の中で描いていたことが、絵というものを通して叶えられた。

 絵が私と世界を結んでくれて、絵が私という存在を世界に教えてくれる。

 そのとき、絵が私のすべてだと思った。


 *


 小学六年生に上がった頃には、もう寂しいという気持ちはなかった。

 友達もたくさん増え、羨ましく思っていた声が日常に溶け込んでいたから。

 最初は拙かった絵もだいぶ上達した。

 お小遣いで買ったイラスト集や教本、お父さんから借りたパソコンで動画を見ながら勉強し、人物や静物画も描くようになった。

 でも一番多く描いたのは原点である月だ。

 始まりであり、私の世界を変えてくれたもの。


 誕生日にUー35というアクリル絵の具を買ってもらい、今はそれを愛用している。

 本当はゲームにしようと思っていたが、動画で見たときに欲しくなった。

 画材にこだわると絵を描くのが楽しくなる。

 思い入れも強くなるし、モチベーションも高くなる。


 将来はイラストの仕事に就く。SNSで流れる絵を見たときにそう思った。

 いいねがいっぱい貰えて、コメント欄で賞賛を得られる。キラキラした世界で私も輝きたかった。

 千星ちゃんにそのことを話したら、


「美月ちゃんなら絶対なれるよ」


 初めて私の絵を褒めてくれた人がそう言ってくれた。

 その言葉で、真っ直ぐ夢を追うことが出来る。

 そして、今まで迷っていたコンクールに応募することを決めた。

 規模は小さかったが、月をテーマにしたコンクールだったので絶対に出したかった。

 月の絵だけは誰にも負けたくなかったし、自分なら賞を獲れる自信もあった。

 だが初めての公募で不安が募り、千星ちゃんに背中を押してもらいたかった。


 結果は、小学生の部で金賞を受賞。

 学校でも表彰され、先生も周りのみんなも褒めてくれた。


 絵が私を照らしてくれる。


 絵が私の未来を彩ってくれる。


 絵が私という人間を証明してくれる。


 絵が私のすべてを作ってくれている。


 絵を描いたことで人生は大きく変化し、幸せが滲む日々を手にすることができた。


 中学に上がり、入学初日から新しい友達ができた。

 同じ小学校の子が私の絵をみんなに紹介してくれたことで、話すきっかけを作ることができたからだ。


「上手だね」


「奥村、すごいな」


 月の絵をみんなが褒めてくれた。

 その声が自分を輝かせてくれた。

 だがその輝きは、より大きな光によって薄まっていくことになる。

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