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孤独は夜空で星を結ぶ  作者: 最下真人
【四章 星と月】
26/42

孤独な月は秋を厭う①

 リビングのサイドボードの上に小さな仏壇が置かれている。

 仏壇の中には蒼空の写真があり、笑ってこちらを見ていた。

 この写真は高校の入学式のときに、蒼空の家族と私の家族が校門の前で撮ったときのものだ。

 私も持っているため、すぐに気づいた。

 香炉に線香を刺し、目を瞑って手を合わせる。

 線香の匂いが鼻腔に触れると、蒼空がこの世界にいないことを再度認識した。

 目を開け、蒼空の写真を見てからダイニングに着く。

 蒼空のお父さんは仕事でいないらしい。ホテルで勤務していると前に聞いた。土日は忙しいのだろう。

 キッチンから美里さんが出てきて、湯呑みに入ったお茶ときんつばを私の前に置いた。

 きんつばは仏壇に備えられたものと同じものだ。


「蒼空、きんつば好きだったんだよね」


 そう言って私の前に座り、美里さんは頬杖をつきながら仏壇に視線を送った。

 懐かしむような声だったが、目はどこか切なさを宿している。

 その顔を見たとき、謝らなきゃいけない思った。

 私が逃げ出さなければ蒼空が亡くなることはなかった。

 あのときのことを話さないといけない。


「美里さん、蒼空が亡くなったのは私のせいなの。蒼空の気持ちを聞くのが怖くて逃げ出した。それで追いかけてきたときに……」


「千星」


 美里さんは私の言葉を遮り、真っ直ぐな目で私を見てきた。

 双眸に優しさが滲んでいる。


「千星のせいじゃない。蒼空は罪悪感を感じなから生きてほしいなんて思ってない。そんな悲しい顔してたら、蒼空も嫌がるでしょ?」


「でも、私を庇って……」


「なら蒼空の分まで生きて。千星がこれからしないといけないのは償いじゃない。笑って生きること。それが私たちの求めることだよ」


 その言葉が涙腺を緩ませる。

 ここで泣くのはダメだ。美里さんの方が辛いんだから。

 私は奥歯をグッと噛んで堪えた。

 美里さんは我慢しなくていいよと言ったが、絶対に泣かないと決めた。

 楽になるためにここに来たのではない。私は背負う覚悟を持つために謝りにきたのだから。

 全身に力を込めて涙を阻止した。かなり踏ん張った顔をしていたからなのか、美里さんは優しく笑っていた。


「ありがとう、美里さん」


「うん」


 気持ちが少し落ち着いてきてから感謝を述べた。

 言葉は不思議な力を持っている。

 死に追いやることもあれば、命を掬うこともある。

 今の私は、優しさに染められた美里さんの言葉に救われた。 


 そのあと、美月ちゃんのことを聞いた。

 まずは引きこもっている理由を探さなければ。


「蒼空から聞いたんだけど、美月ちゃん学校行ってないの?」


 本当は結衣さんに聞いたが、蒼空からということにした。

 名前を出したら結衣さんのことを聞かれる。

 そしたら記憶を消されるかもしれない。


「ニヶ月くらい前から行かなくなったの。本人に理由を聞いても答えてくれない。担任に学校での様子を聞いたんだけど、いじめられてるとかはないらしんだよね。普通に友達もいるみたいだし」


 その心配もしていたが、もしないのだとしたら良かった。


「今、美月ちゃんいる?」


「部屋にいるよ」


「会ってもいい?」


 美里さんは「うん」と頷き立ち上がった。


 二人でリビングを出てニ階に上がる。

 一番奥にある部屋が美月ちゃんの部屋だ。

 その隣には蒼空の部屋がある。一緒に勉強やゲームをしたことが頭の中に映し出さると、再び涙腺が緩んだ。


「美月、千星が来た」


 美里さんはドアをノックしたあと、私が来てることを告げた。

 そもそも出てくるんだろうかと心配したが、少ししてドアが開いた。


「千星ちゃん、久しぶり」


 腰のあたりまで伸びたおさげを揺らしながら、パジャマ姿で出てくるなり満面の笑みで私を出迎えた。

 顔色は悪くなそうだったのでそこは安心したが、思ってた反応と違いびっくりした。


「ひ、久しぶり」


「入って」


 引網のごとく腕を引っ張られ、部屋の中に押し込まれた。私が入るとすぐに美月ちゃんはドアを閉める。


「ここ座って」


 美月ちゃんは学習机の前に置かれたキャスター付きの椅子を回転させ、私の方に座面を向けた。

 座面の高さが低かったので少し上げて座ると、正面に三段のメタルラックが見えた。

 一番下の段には漫画が積まれており、ほとんどが少女漫画だ。なぜかラブコンの五巻と七巻の間にボボボーボ・ボーボボの六巻が挟まっている。

 五巻の終わりに何があったか分からないが、テイスト変わりすぎだろ。同じラブコメでも毛色が違いすぎる。

 真ん中の段にはゲーム機があり、一番上の段にはテレビが置かれていた。ラックの隣にはガムテープで閉じられてるダンボールがある。


「ゲームやろう」


 美月ちゃんはゲームのセッティングを始めた。

 部屋を見渡すと画材道具が置かれてないことに気づいた。

 美月ちゃんは美術部だし、何より絵が好きだったはず。

 だが部屋には痕跡すら見当たらない。

 唯一近しいものといえば、机の上に置いてある金色に施されたトロフィーだけだった。

『月のアートコンクール・小学生の部・金賞』と台座に書かれている。


「はい」


 ワイヤレスのコントローラーを渡された。美月ちゃんも同じカラーのコントローラを持ってベッドの上に座る。

 テレビ画面に映ったのは、赤い帽子を被ったおじさんたちがゴーカートに乗って順位を競い合うレースゲームだ。

 美月ちゃんは金髪のお姫様を選び、私は緑の恐竜を選んだ。

 スタートして間もなく、ゴリラが私に赤甲羅を当ててきた。ムカついたので執拗にゴリラにぶつかりにいく。

 もはや順位など関係なく、ゴリラが私に赤甲羅を当てたことを後悔させるため、待ち伏せして甲羅を投げ続けた。


「千星ちゃん、ルール間違ってる」


 そう言われたのでゴリラ狩りやめ、キノコ狩りをすることにした。

 美月ちゃんは楽しそうな顔でゲームをしており、引きこもっているようには思えなかった。


 だが、それにものすごく違和感を感じた。

 学校に行けていない現状や、蒼空が亡くなってからまだ一ヶ月ということを考えると、幼い少女の無邪気な笑顔は、何かを取り繕っているように思える。

 私の方を見るときの笑顔も、口角を無理に引き上げているように見えた。

 会話の隙間に落ちた沈黙も美月ちゃんはすぐに拾った。

 ゲームやアニメの話で埋めて、主導権を常に自分の傍に置いておく。


 聞かれたくないことがある。

 直感でそう感じた。


 雪乃と花山のことを思い出した。

 表面では自分の中にあるものを隠して、別の顔を作る。

 同じように何かを抱えていて、それを見せたくないのかもしれない。

 でも、笑顔は本心を隠すためにあるものじゃない。


 直接美月ちゃんに聞こうか考えたが、今はやめた。

 何も聞かないで側にいてくれる人を求めているかもしれない。

 こういうのはタイミングやきっかけが大事になるから、今日は側にいるだけにしよう。


 数時間経ち、窓からオレンジに染まった西日が差し込んできた。

 あまり長居をするのはよくないと思い、私はコントローラーを机に置き、帰る支度をした。


「もう帰るの」


 そう言われ、もう少し居ようか考えたが、夕飯前だったので帰ることにした。


 *


 住宅街を美里さんと歩く。

 二人きりで歩くのは中学生以来だ。

 家を出るとき美里さんに挨拶をしたら「送ってくよ」と言われたので、二人で玄関を出た。

 眼前には薄暮の空に浮かぶ夕日が視界を染めており、ノスタルジックな気持ちに浸らせる。


「美月が楽しそうにしてるの久しぶりに聞いた」


「部屋の前にいたの?」


「最初だけね」


「いつもは違うの?」


「何も喋らないし、もっと暗い。まあ、私が厳しく言ったせいもあるんだけどね。理由聞いても言わないから『じゃあ学校行け』って怒っちゃったの。でも久しぶりに笑い声を聞けて安心した。昔から千星には懐いてたもんね」


 私によく絵を見せてきた。褒めるとすごく嬉しそうな顔をしていて、それが可愛かった。


「美月ちゃんはなんで学校に行かなくなったんだろう?」


「蒼空が言ってたんだけど、家で絵を描かなくなったって」


「将来はイラストの仕事に就くとか言ってなかった?」


 絵はかなり上手かった。素人目でも分かるくらいに。よく月を描いていた。


「うん。中学でも美術部に入ったし、友達に褒められたって嬉しそうにしてたけど、半年くらい前から一切、絵の話はしなくなった」


 絵のことで何かあったのかもしれない。

 起因がそこにあるのだとすれば解決策を辿れる。


「でも部活でも何かあったとかはないみたい。担任が美術部の顧問に聞いて、そう言ってたらしい」


「じゃあなんで絵を描かなくなったんだろう?」


 二人で夕日を眺めながら思案したが、全く想像できなかった。

 まだ情報が少なすぎるし、今日の様子だけでは何も判断できない。

 でも取り繕っているように見えたから、笑顔の裏側には苦悩があるのかもしれない。

 それと、私には悟られないように気丈に振る舞っていたのも気になる。


 頭の中で思考を巡らせていると、家に着いた。


「千星、今日は来てくれてありがとう。また来てよ」


「うん」


 美里さんは「お母さんによろしく」と言って踵を返し、帰っていった。


 私は自分の部屋に戻り、部屋着に着替えてからベッドの上に横になった。

 美月ちゃんの今日の様子を頭に浮かべながら、学校に行かなくなった理由を自分なりに考えた。


「なんでだろう?」


 結局分からず、口から疑問符が零れた。

 ため息混じりに寝返りを打つと、カラーボックスに並べられた小説が目に入った。その中の黒いハードカバーに視点を合わせる。

 しばらく眺めていると、ふと頭の中をよぎるものがあり、その本を手に取った。


『夜の祈りは星になる』


 表紙の上部に黄色い文字で書かれたタイトル。中央には流れ星に乗った男の絵が描かれている。

 これは作家の枯木青葉が亡くなってから発表された作品だ。

 孤独を抱える主人公が、死んだ人間の未練を叶えるという物語。

 私と同じだ、と思いながら適当にページを捲っていくと、真ん中あたりのページであるセリフが目に入った。


『枯れた花に願いは届かない』


 以前、結衣さんが同じようなことを口にしていた。

 私は記憶を辿って、その言葉を探す。

 確か……


『願うだけでは花は咲かない』


 枯木青葉は都市伝説をモチーフに描いてるが、この作品だけモチーフとなるものが調べても出てこない。

 そして『人が死ぬと流れ星が落ちる』という一文から物語が始まる。


 亡くなってから発表……死んだ人の未練を叶える……枯れた花に願いは届かない……最後の作品だけモチーフとなったものが不明……人が死ぬと流れ星が落ちる……


 出てきたワードを縒り合わせて、一つの仮説をたてた。

 枯木青葉は亡くなった後、流星の駅で誰かに未練を託した。

 その未練がこの本だ。

 あくまで仮説だが重なる部分がいくつもある。

 私はタイトルの部分を親指で撫で、しばらく表紙を眺めていた。


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