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孤独は夜空で星を結ぶ  作者: 最下真人
【三章 星と花】
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朝日を望む花は星影に導かれて

 花山が話し終えると辺りはすっかり暗くなっていた。

 私たちを見守るように、夜空には星屑が咲いている。

 花山は自分の軸になっていた優しさを枯らされ、世界から隔絶された。

 それは信じていたものが踏み潰されたことを意味する。

 だが、まだその花を抱えて、咲くことを祈っているように私は思えた。


「どうしたいのか自分でも分からないんだ。心の奥では誰かと繋がっていたいと思う反面、怖さから逃げるために一人でいたいと思う自分もいる。正解が欲しい。どう生きればいいのか」


 優しさという花を太陽の下で散らせ、夜にだけ咲くと決めた。

 でも本心はきっと違う。

 私や雪乃のように踏み出せないまま揺れている。


「花山が望む生き方をすればいい。でもそのためには自分と向き合わなければいけない。多くの答えは自分の中にあると思うから」


 花山はゆっくりとこちらを見た。

 夜に紛れてはいるが、切望に染められた表情に見える。 


「花山には悪いけど、その塩谷って子の気持ちが少し分かる。もちろんやったことは許されることじゃないし、話を聞いててムカついた。でもずっと一人でいる人間は周りの人が怖いの。自分がどう思われているか、もし上手く話せなかったらどうしようか、色んな葛藤を抱えて日常を送っている。強引に自分の世界に引き込んだでしょ? たぶん無理してたんだと思う。明るく話しているように見えても、本人のなかではそれが負担になっていた。さらに言えば、花山みたいに常に人に囲まれている人間を疎んでいたのかもしれない。蒼空が一人で来たのは、花山にあった優しさを見つけるためだと思う。優しさって人によって受け取り方が変わるから」


 他人を嫌悪していた私も、もしかしたら塩谷みたいになっていたかもしれない。

 だけど蒼空という存在がいたから一線を超えなかった。


「最初は奥村のことが嫌いで、自分と同じようになれって思ってた。なのに手を差し伸べられたら嬉しくなって、友達になりたいなんて都合よく考えを変えた。本当に自分が醜い。俺も塩谷と一緒だ。ああなったのは、自分のせいなのかもしれない」


 花山は右手の拳をもう片方の手で強く握り締めていた。


「自分に余裕がないと人に優しくなんてできないよ。生活が苦しいのに、地球のこと考えろって言われても無理じゃん。だから今は自分を楽にしてあげていいと思う。愚痴ってもいいし、人を嫌いになってもいい。でも進む方向は間違えてはいけない。その人のことを知らないのに、歪んだ想いをぶつけてはいけない。自分が苦しむだけだし、周りはもっと離れていく」


 人と人の間にはフィルターがあり、それが隔たりにもなるし結び目にもなる。

 思考が歪むと何もないところに壁を造り、相手を蔑んでしまう。

 そうなれば、外の世界との間に大きな溝ができる。

 今の花山は優しさの向け方が分からなくなっていて、彷徨うことに苦しんでいると思った。

 それと人の信じ方も。


「優しさって種類があるんだと思う。今進んでる道を肯定して寄り添うこと。別の道を示して背中を押してあげること。蒼空は私に変わらないといけないと言った。突き放されたように感じたけど、それも一つの優しさだった」


 気づいたのは最近だけど。


「優しさを持つことは間違いじゃないよ。だから自分を否定しなくていい。今大事なのは優しさの幅を増やすことじゃないかな」


「自分で優しさの尺度を決めてた。それを押し付けていただけかもしれない。優しさを知るっていうのは相手を見るってことか」


「そうだと思う」


「奥村の優しさは誰かを生かすもので、俺の優しさは自分を生かすものだった。思い上がりだったんだな。自分だけ満足してたから裏切られたのかもしれない」


「仮にその優しさが鼻についたとしても、裏切っていい理由にはならない。それはその塩谷って奴が悪い」


 花山は星を見上げた。遠い空の向こうを眺めるように。


「もう一度優しさを持ってもいいんじゃない。私は嫌なときは嫌って言う。違うと思ったら違うって言う。だから花山も私の前ではそうして。そういう友達が必要だと思う」


 私がそう言うと、花山は何かを堪えるように俯いた。


「俺のこと信用できるの? 今のが嘘かもしれないだろ」


 俯いたまま花山は言う。


「信じるよ。でも嘘だったら花山をぶっ飛ばす」


「ありがとう」


 ずっと閉じていた蕾が開くように、花山は顔を綻ばせた。


 *


 土曜日、私は蒼空の家に向かっていた。

 覚悟を決めれず行くことができなかったが、昨日花山と話して、自分も一歩進まなければと思った。


 あのあと花山の家に行き、蓮夜くんに会った。

 玄関先に出てきた蓮夜くんに親指を立てると、それを察したのか同じく親指を立てた。

 花山は不思議そうに見ていたが、私と蓮夜くんだけ分かればいい。


 昨夜のことを考えていると、蒼空の家が視界に入った。

 急に足が重くなり、家に近づいていくほど水の中を進んでいるような抵抗感を感じる。


 正直怖い。


 なんて言われるか分からなかったから。

 蒼空は私を庇って亡くなった。

 家族からしたら、私に殺されたと思っているかもしれない。

 もし鋭利な言葉を投げられたら私は生きていく自信がない。

 蒼空の家族の顔を思い出すと胸が締め付けられた。

 だから無理やり閉じ込めていた。

 でも向き合わなければ、本当に進んだことにはならない。

 蒼空の家族に会って謝らないと、私は一生逃げたままだ。

 そして美月ちゃんのことも。


 十五分ほどで着くはずが三十分かかった。

 途中で足を止め、何度も深呼吸して緊張を押し殺そうとしたからだ。

 門扉の前に着き「奥村」と書かれた表札を見る。

 隣にはカメラ付きのインターホンがある。

 ボタンに人差し指を置くと小刻みに揺れた。

 その度に人差し指を強く握りしめ、強引に震えを抑える。

 逃げたかった。自分を楽にしたいから。

 でも逃げた先でずっと縛られたまま生きることになる。

 それでは前と変わらない。

 最後に大きく息を吐き、覚悟を決めた。

 震えた指でインターホンを押すとチャイムが鳴った。その音が脈を早める。

 数秒経ち「今行くね」とインターホンから聞こえた。

 蒼空のお母さん――美里さんの声だった。カメラで私と分かったのだろう。


 会うのは、病院で蒼空が亡くなった日以来だ。約一ヶ月ぶり。

 どんな顔で出てくるのだろう? 声はいつも通りだった。

 でも、それは今だけで……

 考えれば考えるほど、マイナスなことばかりが脳内を駆け回る。

 ガチャ、と玄関のドアの鍵が開く音がした。ゆっくりと開いたドアから美里さんが出てくる。

 顔を見ることが怖くて、思わず目を伏せてしまった。


――なんのために来たんだよ


 心の中で何度も言い聞かせていると、足音が目の前で止まった。

 心臓が一つギアを上げ、胸を強く叩く。


「あの……」


 指先の震えが唇に伝染して小刻みに揺れる。

 それが緊張と恐怖に拍車をかけた。

 声を発するどころか、言葉が頭の中で霧散し、思考が上手く働かない。


「千星」


 名前を呼ばれ顔を上げると、美里さんは優しく微笑んでいた。


「待ってたよ」


 その笑顔は蒼空とそっくりだった。

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