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孤独は夜空で星を結ぶ  作者: 最下真人
【三章 星と花】
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回想・白日に散る花①

「君は一人の命を救ったんだよ」

 小学四年生のとき、警察署長から感謝状を授与された。

 学校の帰りに熱中症で倒れていたおばあちゃんを発見し、持っていたスマホで救急車を呼んだからだ。

 後日、母と弟と共に警察署に行き、署長室で表彰を受けた。

 制服を着た警察官がたくさんいたのを覚えている。


「翔吾くんえらいね」


「よく通報したね」


 大人に頭を撫でられながら褒められた。

 そこにはおばあちゃんの家族もおり、「君がいなかったら母は亡くなってかもしれない。本当にありがとう」そう言われて自分が誇らしく思えた。


 何より嬉しかったのは「兄ちゃんすごい」と蓮夜が嬉しそうにしていたことと、「息子さん立派ですね」と褒められ、照れくさそうにしている母を見れたことだ。

 人の役に立つと自分だけではなく家族も喜ぶ。

 それを知り、優しい人間になろうと思った。


 それからは困っている人を見たら積極的に手助けするようになり、友達がたくさん増えた。

 家に友達が来るたび、蓮夜は俺の部屋に来る。

 人懐っこい性格からか、みんなから可愛がられていた。


「俺も兄ちゃんみたいに優しい人になる」


 蓮夜は口癖のように言っており、それが人に優しくするためのモチベーションにもなっていた。


 ある日、教師が生徒に暴力を振るうという事件がテレビで報道されていた。

 それを見て怒りが湧いた。

 この教師は何も分かってない。力で解決することなんて何もないんだ。

 優しさがあれば相手は理解してくれるし、こんな問題にもならない。

 俺は暴力を使う人間を軽蔑していた。


 中学三年のとき、塩谷という子と同じクラスになった。

 伏目がちで、どことなく暗い雰囲気纏っていたため、周りの生徒たちは距離をとっていたように思う。

 昼休みに勉強ばかりしていたので『ガリ勉』と呼ぶ生徒もいた。

 俺はその言い方が好きではなかった。

 人が一生懸命やっているのをバカにするような言葉を使うべきではない。

 むしろ褒めるべきことだ。

 塩谷は帰宅部で、清掃が終わるとすぐに下校する。

 部活での交流もないため、クラスにも馴染みづらかったのかもしれない。

 きっと辛いだろうと思い、昼休みに話しかけてみた。


「塩谷はすごいよな。俺はそんなに勉強はできない。だから尊敬するよ」


「別に好きでやってるわけじゃない」


 急に声をかけたからか、塩谷は驚いた顔で俺を見たあと、目を伏せてそう答えた。


「だったら尚更すごい。好きじゃないことを昼休みにまでやってるんだから」


「別に普通だと思う」


 塩谷はノートをとりながら消え入りそうな声で言う。


「勉強もいいけど、たまには外でサッカーやらない? みんなと過ごすのも大事なことだよ」


 クラスの人と打ち解けるきっかけを作りたかった。

 塩谷もきっと仲良くしたいと思ってるはずだ。


「今から外行って、一緒にやろう」


 塩谷は迷っているように見えた。

 それもそうだ、クラスに馴染めていないのだから。

 だから間に入る人間が必要になる。

 他の人は塩谷を得体の知れない人間という目で見てたと思う。

 でも知ってもらわなければならない。

 一人でいることは辛いはずだから。


「大丈夫、俺と一緒のチームでやろう」


 自分で言うのもなんだが、学年の中心にいたし、周りからの信頼も厚いと思う。

 俺と一緒にいれば、塩谷も話しかけられやすくなるはずだ。

 そうすればクラスから浮くことはない。


「……分かった」


 塩谷の腕をとり、グラウンドへ向かった。


 *

 

 それから塩谷とよく話すようになった。

 野球部が休みの日は一緒に帰ったり、昼休みにもサッカーやバスケをするようになった。最初は馴染めていなかった塩谷も、夏頃には周りと話すようになり雰囲気も明るくなった。


「花山は本当に優しいよね」


 移動教室の際、クラスの女子に言われた。


「最近は変わったけど、最初は塩谷のこと暗くて苦手だったんだよね。あっ、今はそんなことないよ。でもなんで花山は塩谷と話してるんだろうって不思議だった。花山だけじゃない? あの時の塩谷に話しかけようとしたの」


「一人でいたから辛そうだなって思って。だから話しかけた。でもみんなと打ち解けられて良かったよ」


「花山といるから塩谷にも声かけやすくなった。他の子もそう言ってる。あっ、そういえばさ、二組の子が花山くんって優しいから良いよねって言ってた。たぶん好きっぽいよ」


「いいよ、そういうのは」


 今の塩谷はクラスにだいぶ馴染んでいる。

 友達も増え、一人でいるところはほとんど見なくなった。

 それは嬉しかったし、自分でも誇らしかった。

 優しさで人を変えることができたから。

 塩谷はクラスの人と家に来ることもあり、蓮夜も混ざってみんなでテレビゲームをした。

 蓮夜は友達を連れてくるといつも嬉しそうにする。


「兄ちゃんって友達多いから、みんなから慕われてるんだね。俺も兄ちゃんみたいな人になる」


 いずれそういう言葉も言わなくなるだろう。

 そう考えると寂しくなるが、できるだけ長く、弟が誇れる兄になっていようと思う。

 塩谷にも弟がいるらしいが、病気がちで学校にはあまり行けてないらしい。


「弟は俺くらいしか話す相手がいないからさ、いつか友達を作ってほしいんだよね」


「今度弟も連れて来いよ」


「いいの?」


「蓮夜も喜ぶよ」


「じゃあ今度、弟と一緒に花山の家行くよ」


 塩谷の弟にも居場所を作ってやりたかった。

 誰かの手助けをすることが自分の生きる意味だと思っていたから。

 人に優しくすることで自信を持てたし、自分を好きになれた。

 それが周りからの信頼にも繋がって人が集まってくる。

 このときはそう思っていた。




「お願い、少しだけでいいからお金を貸してほしい」


 塩谷が家の前まで来て、頭を下げてきた。

 理由を聞くと、「弟が入院して、お金がいるから少しでも足しにしたい、頼めるのは花山しかいない」と、懇願するように言う。


 弟が入院しているのは知っていた。

 担任が言っていたし、うちの親もそう言ってた。

 塩谷は古びたアパートに住んでおり、私服も同じTシャツをよく着ている。

 そのことが頭をよぎり、俺は迷いなくお金を貸した。

 貸したと言っても中学生では微々たるものだったが、塩谷が嬉しそうにするのを見て、心地よい気分が胸を走る。


 それから定期的にせがまれるようになった。

 お年玉で貯めていた貯金を切り崩し、塩谷の弟のためと言い聞かせながら貸していた。

 このときに疑うべきだった。普通に考えればおかしなことなのに。

 弟がいるから感情移入していたのかもしれない。

 それと「頼めるのは花山しかいない」という言葉に酔っていたのだと思う。

 これが後に、自分という存在を世界から切り離すきっかけになった。


 蓮夜の誕生日にゲームソフトを買う約束をしていたが、塩谷に二万ほど貸していたため貯金はあまりなかった。

 言いづらかったが、少しだけお金を返してもらおうと思い、校舎裏に塩谷を呼び出して誕生日のことを話した。


「ごめん、入院費で全部使ったから残ってない。母親に相談してみるけど、うちもあまり余裕がないから」 


 申し訳なさそうにする塩谷を見て、これ以上なにも言えなかった。


「ううん、弟が良くなるといいな」


「本当にごめん、絶対に返すから」


 何度も頭を下げるため、こっちが申し訳なくなってきた。


 帰ってから蓮夜に謝った。

 詳しい事情は話さなかったが、友達のためと言うと「兄ちゃんは優しいね」と笑顔で返してくる。


「来年はちゃんと買うから」


「別にそんなに欲しくなかったらいいよ」


 蓮夜は興味なさげな顔でテレビに視線を戻した。


「ちゃんと買うから」


 弟の気遣いに心苦しくなり、そう言葉をかけると、再放送のドラマを見ながら「うん」とだけ言った。


 *


 下校時に教科書を忘れたことに気づいて学校に戻った。

 もうすぐ受験が始まるため、誰もいないだろうと思っていたが、教室の中から声がした。


「かっこよくない?」


「俺もこれ欲しかったんだよね」


「てか、このスニーカー結構高くなかった?」


「買うために貯金したから」


 最後の声で扉を開ける手が止まった。

 少しだけ開いた扉から教室を覗くと、机の上に座った塩谷が、クラスの男子二人にスマホの画面を見せている。


「これいくらだった?」


「二万で買った」


 塩谷が自慢気な顔で言った。

 何を言っているかすぐに理解できなかった。

 二万は弟の入院費に使ったはずだ。じゃあ何でスニーカーを買えたんだ?

 頭の中で絡みあう糸が、点と点を結ぶまで時間がかかった。

 そのあとの会話は、ほとんど耳に入っていなかったと思う。

 何度も糸を解き、何度も結び直して、ようやく理解に繋げる。

 散らかった思考を整理しながら、煮えたぎるような感情を優しさで抑えていた。

 すると目の前の扉が開いて、三人が出てきた。


「びっくりした。花山いたのかよ」 


「教科書忘れて」


「これから駅前のファミレス行くけど花山も行く?」


「いや、いい」


「じゃあ明日な」


 塩谷は目を伏せながら二人に付いて行こうとしていた。


「塩谷、話がある」


 声をかけると塩谷の顔が青ざめていくのが分かった。

 その反応を見るかぎり、もう何を言われるか分かったはずだ。


「じゃあ俺ら先行ってるから」


 そう言い残し、二人は廊下を歩いていく。

 彼らの足音が遠のくたび、塩谷の視線は下に向かう。

 今は自分の黒ずんだ上履きを見ていた。


 二人が階段を降りるのを確認したあと、塩谷に教室に戻るよう言った。

 日中は喧騒に包まれている教室も、放課後になると哀愁が漂う。

 この雰囲気が、より緊張感を高めているように感じた。

 塩谷は教卓付近で足を止める。

 顔を見せたくないのか、こちらに背を向けていた。


「スニーカー買ったんだって」


 塩谷は沈黙で返す。

 正直バカだと思った。なぜクラスの奴にわざわざ自慢したのか。

 しかも値段まで丁寧に説明して。

 いずれ俺の耳に入る可能性もあるなら黙っておくべきだ。

 自己顕示欲の方が勝ったということか。

 そう考えると、こんな奴に貸した自分が哀れに感じた。


「返せばいいんだろ」


 開き直ったのか、塩谷は投げ捨てるように言った。


「そう言う問題じゃないだろ。俺はお前の弟のためにお金を貸したんだぞ。スニーカーを買わせるためじゃない。嘘までついて自分が情けないと思わないのか?」


「そう言うところがムカつくんだよ……」


 塩谷は肩を震わせながら小さく零した。

 その言葉の意味が分からなかったため聞き返すと、塩谷は形相を変えてこちらを振り返った。 


「お前だって利用してたじゃないか。俺みたいにクラスで浮いていた奴と仲良くすれば、周りから優しいって思われるもんな。聞いたぞ、お前が女子と話してたの。それで自分の好感度を上げて、女に好意を持たれる。そのために俺を使ったんだろ」


 前に廊下で話してたときだ。あのときそばににいたのか。

 でもそんなつもりは全くない。

 塩谷は言葉の受け取り方を間違っている。


「なんか勘違いしてるぞ。お前と仲良くしたのは利用するためじゃない。一人でいたから辛いと思って……」


「あの時だってそうだ。俺は周りからガリ勉ってバカにされてたのを知ってる。お前も『俺はそんなに勉強できない。尊敬する』とか言って、皮肉を言ってきただろ」


「違う、本当にすごいと思ったから言ったんだよ」


「嘘つけ、今もどうせバカにしてるんだろ。お前の偽善みたいな優しさが全部ムカつくんだよ」


 優しさを否定されたことで、怒りの火種が自分の中に生まれたのが分かった。

 ずっと大切にしていたものを傷付けらたように思えたから。


「弟の誕生日とか言ってたよな? どうせ良いお兄ちゃんを演じて好感度をあげようってことだろ。最悪な兄貴だな、弟まで利用するなんて。それに気づかず、兄ちゃん、兄ちゃん言って、本当に可哀想だよ。だからあんな馬鹿面になったんだな」


 その言葉で糸が切れた。思考よりも早く右手が塩谷を殴る。

 その衝撃で塩谷は教卓に頭をぶつけ、呻きながら横たわっていた。

 人生で初めて人を殴った。右手の拳に感触が残る。

 俺は呆然としながら塩谷を見下ろしていた。


「お前だけずるいんだよ……」


 塩谷は泣きそうな声で嘆いた。

 俺に見られたくないのか、腕で顔を覆いながら喋る。


「俺だって努力したんだよ。クラスの奴と仲良くできるように無理して明るく振る舞った。それなのに全部お前が持っていく。俺がクラスに溶け込めたのは花山のおかげだって。なんでお前だけが褒められるんだよ」


 塩谷に友達ができたのは自分のおかげだと思っていた。

 俺といるからみんなが声をかける。

 そう思っていた。

 確かにちゃんと見てなかったかもしれない。

 塩谷は努力してたのに、それを全部自分の手柄にしていた。

 そして周りも。


「お前の優しさは人のためじゃない。自分のために周りに優しくしてるだけだ。ただの押し付けだよ。人のことなんて見てないじゃないか」


 その言葉に何も返せなかった。

 今まで積み上げてきたものが張りぼてのように感じ、それを受け入れることができないまま、ただ立ち尽くすだけだった。

 塩谷は制服の袖で涙を拭いながら立ち上がると、何も言わずに俺の横を通り過ぎていった。


 暴力を嫌悪していたはずなのに人を殴ってしまった。

 優しさで築き上げてきた今までの自分が、ひどく醜い存在に思える。

 何かが崩れていくのを感じ、俺は何度も頭の中で塩谷を責めた。


 あいつが悪い。


 あいつがおかしいだけだ。


 優しさがあれば人は争いなどしない。


 あいつがまともな人間なら俺が殴ることもなかった。


 クラスのみんなはきっと理解してくれる。


 俺はずっと優しくしてきたんだ。


 その積み重ねがあるから、みんなは俺の味方をしてくれるはずだし、優しさは自分を守ってくれる。


 あいつは俺が与えた優しさを無碍に扱ったし、蓮夜も侮辱した。


 殴られてもしかたのない人間だ。


 汚れていく自分に目を瞑りながら、暴力という行いを正当化した。

 そうしなければ自分を保つことができなかったから。

 

 この出来事で俺の人生は傾き始め、後に起こる悪夢で崩れていくことになる。

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