夜にだけ咲く花③
登校する生徒たちの中に花山の後ろ姿を見つけた。
私は駆け寄って声をかける。
イヤホンを付けていたため最初は無視されたが、二度目は肩を叩いた。
振り向いた花山は、私の顔を見るなり早足で昇降口に向かう。
『俺はお前と話さない』という意思表示だろう。
なので、追いかけて隣を歩いた。
すると花山はさらに速度を早める。だが私もそれに合わせた。
だんだん早くなり、歩く生徒たちをごぼう抜きする。ほぼ競歩だ。
恥ずかしくなったのか呆らめたのかは分からないが、昇降口の入り口で花山はイヤホンを外し、苛立ちを声と表情に出しながら「何だよ」と言った。
「花山の家の近くに河川敷があるでしょ? 今日の十七時半に来て。話があるから」
「行かねえよ」
「じゃあ家まで行って大声でドナドナを歌う。そのあと花山の家の両隣の人とバンドを組んでメジャーデビューする。そしたら毎日私のドナドナを聞くことになる。されたくなかったら来て」
「勝手にしろ」
それが河川敷に行くことなのか、隣家の人とバンドを組むことなのかは分からなかったが、花山はそう言って下駄箱に向かっていった。
「待ってるから」
背中に言葉を投げたが、反応はなかった。
周りの生徒が私を見ていることに気づき、恥ずかしさが込み上げてくる。
でもそれ以上に、花山が来てくれるかが心配だった。
*
昼休み、男の友情を知るためにはヤンキー漫画が一番だと思い、公園で昼食をとりながらスマホで読むことにした。
男は喧嘩すると仲良くなる生き物らしい。
拳を交えたあと二人で青空を見る。そうすると友情が芽生えるという仕組みだ。
その理論は理解できないが、そうなるらしい。
単純なのか複雑なのかよく分からないと思いながら読み進めた。
昼休みを終えた頃には、私は学校の番長になった。もちろん気持ちだけだが。
放課後、すぐに学校を出て家に帰った。
花山と会う前に用意しないといけないものがある。
家にいた弟にお願いしてキャッチャーマスクと胸に装着するプロテクターを借りた。
「何に使うの?」と聞かれたが、友情に必要だからと言うと怪訝な顔をされた。
膝に付けるやつもあったが、動きが鈍りそうだっため置いていく。
正直、花山が来ているのかという不安はある。向こうからしたら迷惑だろうし、何より関わりたくないと宣言された。
向かう電車の中で花山が来る理由を頑張って探したが、まったく見当たらなかった。
希望もないまま河川敷に着くと、堤防で座る制服姿の花山がいた。
遠くを見るように、沈んでゆく夕陽を眺めている。
私は堤防の反対側にある階段を降りて、用具ケースからキャッチャーマスクとプロテクターを取り出した。
これから世紀の一戦を交える。この喧嘩に勝ち、花山と夕日を見ながら交友を深めるつもりだ。
目的がずれているかもしれないが、友情を築かなければ心を開いてくれない。
雪乃がいたら止められていただろうが、今の私は『紅の狂犬、藤沢千星』だ。
女の言葉では止められない。
防具を装着し用具ケースを肩にかける。
羞恥心はギリ残っていたので、周りに人がいないことを確認したあと花山の前に出た。
「花山、私とタイマン張れ」
漫画で見た言葉をそのまま言うと、唖然とした様子で私を見てきた。
「何やってんの?」
「いいから私とタイマン張れ」
花山が立ち上がったため、腕を前に出し構えをとった。が、花山は背中を向けて反対側に歩き出す。
「ちょっと待て。どこに行く」
「帰る」
こちらを見ず、背中越しにそう答えた。
「ここで逃げるなら、明日からこの格好で花山の後をずっと付いていく。私と親友だとこの格好で言い回る。昼休みにこの格好で花山と一緒にご飯を食べる。そしたら私のあだ名は特級過呪怨霊って言われるし、花山は闇落ちした呪詛師に狙われることになる。それが嫌なら私とタイマンを張れ」
花山は立ち止まり、再び堤防に腰を下ろした。
「それじゃあ、私とタイマンをは……」
「いいから座れ」
花山は冷静に言った。温度差の違いでなんだか恥ずかしくなる。
少年誌のような熱い展開になり『お前やるじゃん』みたいな言葉を期待していたのだが、言われた言葉は『座れ』だったので、とりあえず隣に座った。
「それ脱いでくれない。恥ずかしいから」
そう言われたのでキャッチャーマスクを取ると、
「防具をそういう扱いすんのはよくない」
「はい」
確かにそうだった。しかも弟の。帰ったら謝ろう。
プロテクターも取り用具ケースにしまう。
特級過呪怨霊から普通の女子高生に戻ったところで、花山が問いかけてきた。
「話って?」
「中学のときのことを聞きたい。クラスの子を殴ったときのこと。ある程度の話は聞いたけど、何故殴ったのかを知りたい」
「それを知ってどうするの?」
「花山が何を抱えてるかを知りたい。自分を隠しながら生きてるように見えるから。人の生きかたは周りだけで決まるものではない。自分の中にあるものが変われば、世界の見え方も変わると思う。私はそうだった。『花山も変わろう』なんて簡単には言えないけど、話すことで何か変わるかもしれない。価値観の押し付けかもしれないけど、進むきっかけになれたらって」
周りに影響されて人は変わっていく。それ自体は悪いことではない。
でもいきすぎてしまうと人は方向を見失う。私も雪乃もそうだったように。
自分自身と向き合うことを、いつかはしなければならない。
背を向けた先にあるものは、瞬間的な安らぎと継続する痛みだ。
その痛みを和らげるために言い訳をして自分を正当化する。
そして周りに劣等感を吐き散らす。
そうなってはいけない。それは世界から自分を乖離させるだけだ。
花山は周りをどう思ってるかは分からないが、もし憎しみに満ちた世界に足を踏み込んでいるなら、手を差し伸べなければいけない。
蓮夜くんのためにも。
「奥村に頼まれたからってなんでここまですんだよ。藤沢には関係ないことだろ。それに……俺は人を殴るような人間だぞ。そんな奴に関ろうなんて、普通思わないだろ」
「私は蒼空に救ってもらった。その人から頼むって言われたら、どんなことがあってもその願いを叶えたい。花山が善い人間か悪い人間かは今は分からないけど、蒼空が悪い人じゃないって言ってたから、私はそれを信じる」
「人を信じたって報われない。そんなものに縋っても傷付くだけ。その先に何があるんだよ」
花山は頭を抱え、思い悩むようにそう言った。
葛藤の境界線を行き来しながら、自分と向き合っているのかもしれない。
「何かに縋るために人を信じてはいけない。それでは周りに生きかたを決められてしまうから。信じた先にあるものは自分で作るんだと思う」
誰かが育てた花を摘むだけでは、花の本当の美しさは分からない。
自分で育て、初めてその美しさを知れる。
「私を信用してなんて言わない。でも今まで見てきたものと、これから見るものを全部重ねなくていい。真っ直ぐなものさえ歪んで見えてしまうから。一生なんて言わないし、この瞬間だけでもいい。だけど今だけは隣を歩かせて」
もし抱えているものを吐き出すことができたら、花山は一歩進めるような気がした。私がすべきことは、そのきっかけを作ること。
面倒くさいやつとも思われていい、嫌われてもいい。
でもこの瞬間だけでも頼ってほしい。
自分の中にある枷を言葉にしてほしい。
祈りに近い想いが届いたのか、花山は固く結んだ口を開いた。
夜にだけ咲くと決めた花が、再び太陽の下で蕾を開くように。
「人に優しくすることが好きだった。その優しさが自分の生きる意味だと思ってたから」
花山は枯れた花を眺めるように、自らの過去を話し始めた。




