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孤独は夜空で星を結ぶ  作者: 最下真人
【三章 星と花】
18/42

片隅の花①

 真実を知りたければ咲いた花ではなく、植えられた種に目を向けること。

 この言葉はかの有名な探偵、藤沢千星が残した言葉だ。

 そう、今作ったのだ。

 私は現在、校庭の片隅で花山翔吾を観察している。

 なんでこうなったかといえば、


――花山翔吾と友達になってほしい


 蒼空の言葉に、開いた口が開いたまま開いていて、開いたまま開いていたので開いたままになった。

 ようは塞がらなかった。


「花山翔吾って、あの怖い人でしょ?」


「うん」


 私が鼻歌を歌っていたときに、校門でぶつかった男だ。


「私に学校のてっぺんを取れと?」


「いや、喧嘩するんじゃなくて、友達になってほしい」


 無理だ。雪乃のときも同じことを思ったが、今回は流石に無理中の無理の介だ。


「今日、ものすごく睨まれた。あれは完全に私を敵視してた。明智光秀が本能寺に向かうときの目だった。このままだと本能寺の変・シーズン2〜令和炎上編〜が始まってしまう」


 蒼空は間を置かずに「それはよく分からない」と言って、話を続ける。


「あまり話したことはないから断言はできないけど、俺は花山が悪いやつではないと思ってる。中学の時にクラスの子を殴ったことも、それなりの理由があると思うんだ。もし話してみて嫌なやつだと感じたら、そのときは未練を叶えなくていい」


「あまり話したことないのに、なんで友達になってほしいの?」


「孤独の中でもがいていそうだったから」


 その理由だけで理解できた。蒼空はそういう人だ。


「花山も何かを抱えていて、だから人を遠ざけるんだと思う。その理由を知りたい」


 雪乃も自分の中だけで苦しみ、誰にも相談できずに孤独の中を彷徨っていた。

 もし花山も同じなのだとしたら、その辛さは私にも分かる。


「雪乃の時よりも難しいお願いだと思う。でも話すだけでもいいから試みてほしい。無理そうだったら何もしなくていいから」


 本音を言えば断りたい。

 雪乃は私を受け入れようとしてくれたが、花山は受け入れるどころか弾いてきそうだ。

 話しかけても、きっと一言、二言で会話が終わる。

 私自身がそうだったから、よく分かる。

 花山も人を避けて高校生活を送っているように思う。

 よっぽどのきっかけがない限り、友達になるなんて無理だ。


「花山はいつも一人でいるけど、本当は友達が欲しいんじゃないかと思ってる。でも作れない理由がある。話してみてそう感じた。表面には出さないけど、奥底ではきっと何かを抱えている。俺は花山と仲が良いわけじゃないけど、もし道に迷っているなら手を差し伸べたい」


 蒼空がここまで言うのは珍しかった。

 話してみて、花山に何か感じるところがあったのかもしれない。

 人は表と裏で違う顔を持っている。

 表で嘘を隠せても、裏に張り付いた苦悩はそう簡単に偽れない。

 複雑に絡み合い、いずれ自分だけでは解けなくなる。

 私も雪乃もそうだったように。


「花山が一人で居たいなら私はそっとしておく。でも蒼空の言うように何かを抱えていて、友達が欲しいと思っているなら力になりたい。孤独でもがく辛さは私も分かるから」


 蒼空が私にしてくれたように。


「ありがとう」


 いつものように優しさを滲ませた笑顔を向けてくれた。

 その顔を見るだけで頑張ろうと思える。

 



 そして今、校庭で花山翔吾を観察している。

 私の知っているかぎり、花山はいつも一人でいる。

 入学してから、誰かと仲良くしているところも見たことがない。


 怖い人。


 一年のときからそう言われていたと思う。

 中学のときにクラスの子を殴ったという噂が拍車をかけ、余計に人が寄りつかなくなったのだろう。

 確かに見た目はヤンキーみたいで怖い。


 でも蒼空が怖くはないと言っていたから、話したら意外と可愛いのかもしれない。

 もしかしたら、語尾にピョンを付けてくるのかもしれない。

 いや、たぶんそれはない。


 ノリツッコミを終え、朝から昼休みまでの観察過程を頭の中でまとめた。

 朝は登校時間ぎりぎりに来て、ホームルームまで自分の席で音楽を聴きながらうつ伏せで寝ている。

 授業中はちゃんとノートを取っている。

 廊下を歩けば周りの人たちは道を開ける。

 目つきが怖いので誰も近寄らない。

 そして昼休みの今、花山はテニスコートの外側で、フェンスに寄りかかりながら購買で買ったチキンカツサンドを一人で食べている。


 ここまで誰とも会話していないし、ずっと一人で行動している。

 一昔前の私みたいだ。そう思うと親近感が湧いてくる。


 ちなみに私は、少し離れたベンチで食事をとりながら花山を観察している。

 ぼっちという属性は一人でいる人間を好意的に見る。

 もし花山の視界に私が入れば、「あれ、あいつも一人なんだ。めっちゃ良いやつじゃん」となり、私に好印象を持つかもしれない。

 そうなれば話かけやすくなる。


 だが雪乃と違って、花山は人を寄せ付けない。

 昨日も私を睨んでどこかへ行った。

 話かけても回避される可能性を考慮しないといけない。

 かなり難関だ。

 ツンデレのツンだけで好きになってもらうくらい難しい。

 デレがあってこそのツンだ。

 デレのないツンはエビのないエビフライみたいなものだ。


 花山は結局、昼休みの間ずっとそこにいた。

 ただ時間が過ぎるのを待っているように。


 そして何も掴めないまま、放課後を迎える。

 これでは一生話せないと思い、覚悟を決めて下校時に話しかけることにした。


 昇降口で声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめた。


 校門を出るときに声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめた。


 駅前で声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめた。


 電車の中で声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめた。


 花山が電車を降り改札を出たときに声をかけようとしたが、今じゃないと思いやめ――


 何をやっているんだ私は。

 これじゃあストーカーじゃないか。

 今話しかけても「学校からここまで付いてきたの、キモ」と思われるだけだ。

 明日からストーキングレディ藤沢という深夜ドラマみたいな異名がつけられてしまう。

 そして今もどうしていいか分からず、花山の後ろを歩いている。

 完全にストーカーだ。

 私は薄汚れた女になってしまった。

 蒼空に合わせる顔がない。


 辺りも薄暗くなり、河川敷でサッカーをしていた子供たちも帰る支度を始めていた。

 自宅まで行ったら犯罪者予備軍になってしまうので、駅まで引き返そうと思っとき、


「兄ちゃん」


 一人の子供が堤防を上がってきて、花山に駆け寄ってきた。

 さっきまでサッカーをしていたからか、冬というのに半袖半ズボンだ。

 兄ちゃんと言っていたから弟かもしれない。


「一緒に帰ろう」


 弟(仮)にそう言われると、花山は「うん」と笑顔を向けていた。

 驚いた、あんな顔もするのか。

 しかも学校とは違い、雰囲気が優しくなったように見える。

 日曜劇場に出てくる優しいお兄ちゃんみたいだ。

 ナレーションとBGMをつけたい。


 そう思っていたら弟がこちらを見てきた。

 やばいと思い、咄嗟に鞄で顔を隠す。

 怪しい人に映ってるかもしれない。

 踵を返し、背を向けたほうがまだ自然だった。

 しかも見られたのは弟(仮)の方だから、顔を隠す必要はなかったのに。


 鞄を少し下にずらして花山の様子を伺うと、弟(仮)がこちらに向かってきていた。

 なんで私の方に来るんだ。

 いや大丈夫だ落ち着け、たぶん珍しい虫でも見つけたのだろう。

 男の子は虫が好きだと、近所のじじいが言っていた。

 そうだ、虫に違いない。

 落ち着いて対処しろ、藤沢千星。お前なら大丈夫だ。

 私は鞄を上げて完全に顔を隠した。

 話しかけてこないよう祈りながら。


「兄ちゃんと同じ学校の人?」


 祈りは通じず、声をかけてきた。 


「私は通りすがりの女子高生。あなたのお兄ちゃんなんて知らないよ」


 テンパって少しだけ声を高くしてしまった。アニメのキャラみたいだ。 


「そっか……兄ちゃんの友達かと思ったけど違うんだ……」


 悲しみを帯びた声だった。

 どんな表情なのか気になり、鞄を少し下にずらすと、


「なんで藤沢がいんの?」


 弟(仮)の後ろに花山がいた。怪訝な顔でこちらを見ている。


「道に迷って……」


 無理がある理由だった。

 学校からここまで電車で一時間。

 迷ってくるような場所ではない。

 劇場版ちいかわを観に来たつもりが、箱根の森美術館に来てしまったようなものだ。

 いや、この例えはなんかしっくりこない。

 ちいかわは現代美術の最高峰だから、あながち間違ってない。

 マサラタウンに行こうとしたのに、渋谷に来てしまったようなものだ。

 いや、これも違う。

 あそこはモンスターがたくさん集まるから、あながち間違ってない。


「兄ちゃんの友達?」


 弟(仮)は嬉しそうな顔で花山に問いかけた。


「同じクラスだけど、友達ってわけじゃ……」


「お姉ちゃん、うちに来てよ。すぐそこだから」


 弟(仮)は花山の語尾を摘み取り、その嬉しそうな顔をこちらに向けてきた。


「家?」


「うん。来てよ!」


「いや……」


 私が当惑していると、すかさず花山が入ってきた。


蓮夜(れんや)、友達じゃなくて同じクラスってだけだから」


「これから友達になればいいじゃん」


 弟(仮)改め、蓮夜くんは私の腕を掴んだ。


「じゃあお姉ちゃん行こう」


「へ?」


 私は引っ張られる形で後を付いていく。

 河川敷にいた友達に「また明日ね」と手を振る蓮夜くんの顔は喜びに満ちていた。

 後ろを振り返ると、思い悩んでいるような表情で立ち尽くす、花山の姿が目に入った。  

 

 *


「兄ちゃんの友達が家に来るの久しぶりなんだ」


 蓮夜くんは楽しそうに笑いながら、キャラクターが描かれたグラスをコーヒーテーブルに置き、そこに紙パックのオレンジジュースを注いだ。 


 私は花山の部屋に来ていた。

 モノトーンで構築されたシンプルなレイアウトで、窓際の背の低い本棚の上には、枝だけが伸びた植木鉢が置かれている。


 母親が同窓会に行っているため、家には私を含め三人だけらしい。

 この五年間、蒼空の家を除けば、よそ様の家に来たのは初めてだった。

 他人の家というのはこうも落ち着かないのか。

 ソワソワしたものが胸の辺りを這いずり回っているようだ。


「じゃあゆっくりしていってね」


 蓮夜くんはそう言い、部屋を後にした。

 気を遣ったのか分からないが、かなり気まずい。

 あまりよく知らない親戚の叔父さんと二人きりでいるときのようだ。

 ベッドに腰を掛けている花山を横目で見ると、床に視線を落とし一点を見つめていた。何かを考えているようにも見える。

 お互い何も発さないまま会話が枯れた。

 枯れたというか咲いてもいない。

 私は話の種を探すため部屋を見渡した。


「何育ててるの?」


 とりあえず、本棚の上の植木鉢を種にする。

 そこから会話を育てていこう。


夜香木(やこうぼく)


「木?」


「夜にだけ咲く花」


 なんかオシャレだ。


「いつ咲くの?」


「夏頃」


「じゃあまだ先だね」


「……」


 会話が終わった。これが映画なら開始数秒でエンドロールが流れている。


「この間、雪降ったよね」

「うん」


「……」


「最近寒いよね」

「うん」


「……」


「お鍋が食べたくなるね」

「うん」


「……」


 会話がうまくない同士だと各駅停車になる。

 しかも駅と駅の間隔が徒歩一分くらいの距離にあるから止まるのも早い。


「たまに蒼空とお昼ご飯食べてたみたいだね」


 最終兵器を使った。まだ部屋に来て五分も経ってないが。


「……仲良かったわけじゃないけど」


「私は蒼空と小学校から一緒だったの。幼馴染ってやつかな」


「知ってる」


「蒼空から聞いた?」


「うん」


「そっか……」


 話を繋げ、藤沢千星。お前ならできる。


「蒼空とどんな話してたの?」


「別になんも話してない。一緒に飯食ってただけ」


 男子高校生なんだからスケベな話しくらいしろ。


「そうなんだ……」


 雪乃との会話を思い出せ。

 確かあの時は好きな映画の話をしてくれて、駅まで場を繋いでくれた。


「枯木青葉って作家がいるんだけど知ってる?」


「知らない」


「私、その人の小説が好きなの。都市伝説をモチーフにしてるんだけど、主人公が孤独を抱えて……」


「藤沢」


 これからと言うところで、花山は話の腰を折ってきた。


「俺が中学の時の話、知ってる?」


 たぶんクラスの子を殴った話だろう。


「うん」


「それ弟には言わないでくれ」


 といことは、あれは噂ではなく本当だったということか。

 それと蓮夜くんは知らないようだ。


「分かった」


「奥村と住んでるとこ同じだろ? ここからだと一時間以上かかるから、もう帰ったら」


 花山からしたら確かに迷惑だ。

 蓮夜くんに連れてこられたとはいえ、急によく知らないクラスメイトが部屋に来たら、私だって帰ってほしいと思う。


「……じゃあ帰るね。また明日」


 *


 花山の家から駅に向かっていた。

 結局、何の成果もあげられずに一日を終えてしまった。

 友達になるどころか会話すらままならない。

 花山はこちらの投げたボールを、その場に捨てるような返答だった。

 雪乃ならそれでも拾って会話を広げるのかもしれないが、私の会話の守備範囲では拾うことすらできない。


 途方に暮れていると、「お姉ちゃん」と後ろから呼び止められた。

 振り返ると、蓮夜くんが走って向かってくる。

 急いで来たのか、足元を見るとサンダルを履いていた。


「もう帰るの?」


 蓮夜くんは息を切らしながら寂しそうな顔で言った。


「うん」


「じゃあ駅まで送ってくよ」


「ありがと、でも遅いから大丈夫だよ」


 蓮也くんは息を整えている。

 表情を見ると、何か言いたいことがあるが、言い出せずにいるように感じた。


「お姉ちゃんは、兄ちゃんの友達じゃないの?」


 落ち着きを取り戻したあと、不安が滲むような声で聞いてきた。


「クラスメイトかな」


「そっか……」


 冬の木々から葉が落ちていくように、蓮夜くんは表情を枯らした。

 その顔に心苦しくなり、「友達だよ」と思わず嘘をついてしまった。


「本当に?」


 蓮夜くんの顔に笑顔が咲いた。

 嘘を信じた純粋な少年に、罪悪感が胸を這うようだった。


「……うん」


「じゃあまた来てよ。今度三人でゲームしよう」


「分かった」


 造花のような笑顔で答えた。

 蓮夜くんのためと言い訳をしながら。


 駅まで見送くられると、嬉しそうな顔で「またね」と手を振られた。

 私も振り返すが、いつもより腕が重く感じた。

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