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孤独は夜空で星を結ぶ  作者: 最下真人
【二章 星と雪】
11/42

幻想に咲く白い花②

 昼休みになり、教室で弁当箱を開けた。

 いつもならここでは絶対に昼食をとらない。

 だが、富田雪乃が同じクラスの女子二人と近くの席で食べていたため、耳をそばだてながら、ぼっちめしをすることにした。


「今度和也くんとデートすることになったんだけどさ、どんな服がいいと思う?」


 コンビニで買ったであろうサンドイッチを頬張りながら、ひとりの子が言った。


「マジ! そこまでこぎつけたんだ」


 もうひとりの子が言う。


「ちょー頑張った」


 蒼空が亡くなったのにデートに浮かれやがってと怒りが沸いたが、今は自分の感情を人に押し付けるのはやめよう。富田雪乃に集中すべきだ。


「裕子は甘めのコーデが多いから、そこにストリート要素を入れて、今っぽいカジュアルにすると良いんじゃないかな」


「なるほど、カジュアルっぽくか」


「たとえば、上下はモノトーンにして、スニーカーはソフトピンクのニュアンシーなカラーとかにすると、大人っぽさも出せると思う」


 富田雪乃はファッションも押さえているのか。


「香水も変えようかと思ってるんだけどさ、何がいいと思う?」


「いつもと同じで良いんじゃない。街角でその香水の匂いがすると、その人を思い出すんだって。それをプルースト効果って言うみたい。今の匂いを嫌がってないんだったら、覚えてもらうって意味でも同じでいいと思う」


 そうだったのか。

 それを早く知っていれば、蒼空と会うときはファブリーズを振り撒いたのに。

 そうすれば部屋にいても私を思い出す。


「雪乃ってなんでも知ってるから本当に頼りになる。友達にいてくれて助かるわ」


「それな。私も恋愛のことは雪乃に頼りっぱなしだもん」


 富田雪乃は恋愛上手でもあるのか。

 でも自分の恋は叶えられてない。

 相手からは告白もされていて、二つ返事で返せばいいだけ。

 相手側に何か不安要素があるということなのか。


「てかさ、なんで雪乃は彼氏作らないの? 秒で作れるっしょ」


「私もそれ思ってた。こんな可愛いのにもったいなよね」


 ナイス。

 私が聞きたいのはそれだ。


「部活のこともあるし、今は恋愛って気分じゃないかな」


 相手がどうこうじゃなく部活が理由か。

 キャプテンの責任もあるのかもしれない。

 でもそれなら、蒼空にそう言えばいい。

 踏み出せない理由があり、それを言いたいけど言えなかった。

 きっとこれは本音じゃない。


「雪乃も恋したほうがいいよ。青春の半分は恋愛だから。マジ損してる」


「部活だけだと味気ないよね。女子高生って恋してなんぼだもんね」


 なんだろう、この二人なんか苦手だ。

 理由は説明できないが、なんか苦手だ。

 鼻の中にスイカをぶち込んでやりたい。

 そこでスイカ割りをしたい。

 スイカパーティーを開催して、夜通しスイカを鼻にぶち込んでいたい。


「……そうだね。恋愛も大事だよね」


 富田雪乃は笑ってはいるが、どこか悲しさを帯びた目が印象に残る。

 心の奥に閉まった何かが、一瞬だけ表に現れたように見えた。


 *


 放課後、体育館に来ていた。

 女バスの顧問にお願いして、部活の見学をすることにしたからだ。

 顧問には「プロリーグを見て興味を持ったので」と言って頼んだ。

 私は邪魔にならないよう、体育館の隅で富田雪乃を観察する。


 女バスは県大会でも上位に入る強豪だった。

 去年の夏の大会では、もう少しで全国に手が届きそうだったが、惜しくも敗退してしまったらしい。

 そして今は富田雪乃がキャプテンを務める。


 私はバスケのことはまったく分からないが、彼女が上手いのだけは分かった。

 ドリブル、シュート、パス、どれをとっても周りと違う。

 何が違うかは分からないが何かが違う。

 とりあえず、何かが違うことだけが分かるほど何かが違った。


 率先して声掛けをし、後輩の指導も卒なくこなす。

 みんなが富田雪乃を頼りにしているのが空気感で伝わってくる。

 こちらが吐き気を催すほどの練習が続いてるのにも関わらず、彼女は苦しそうな顔を一切見せない。

 みんな膝に手をついて肩で息をしているのに、一人だけ声を出して鼓舞している。

 監督が一年生に厳しい言葉を投げかけたら、すぐさまその子のもとに行き激励する。

 漫画に出てくる理想のキャプテンそのものだった。


 休憩が入り、なぜか私がホッとする。

 息をするのも忘れるくらいの練習内容で、こちらまで体に力が入っていた。

 ひと息つくと、「藤沢さん」と声をかけられた。

 前を見ると、ポニーテールを揺らしながら富田雪乃がこちらに向かって来る。

 再び体に力が入った。

 何を話そうかと、頭の中で話題になるものを探した。

 だが『ブラジルの首都はサンパウロではなくブラジリア』ということしか出てこない。

 ブラジリア一本で勝負するのは無謀だ。

 これでは関ヶ原の戦いをマカロニ一本で戦うようなものではないか。

 困惑している私をよそに、富田雪乃が隣に座った。


「バスケ興味あるの?」


 なんでもない質問なのに、職質されてるような気分だ。


「テレビで見て」


 目を伏せながら答えた。


「そうなんだ。もし何か聞きたいことがあったら言ってね。ルールが分からないと、見ててもつまらないと思うから」


「うん」


 これだけ厳しい練習の最中、他人のことに目を向けれるのはすごいと思った。

『お前邪魔なんだよ。陰キャはダンゴムシでも眺めながら人生について考えろや。はよ出て行かんかい。いてこますぞ』と言われたらどうしようかと懸念していたが、彼女はそんなこと一切思っていなかったらしい。格の差を見せつけられた。


「藤沢さん、最後まで見て行く?」


「一応……」


「じゃあさ、終わったら一緒に帰らない?」


 びっくりして相手の顔を二度見してしまった。

 その反応が面白かったのか、富田雪乃は笑みを浮かべている。

 恥ずかしくなり、再び目を伏せた。


「私ね、藤沢さんと話してみたかったの」


 また二度見しそうになったがなんとか堪えた。

 でもなんで私と話したいのだろう。理由が思いつかない。


「雪乃先輩、ポストプレイのことで聞きたいことがあって」


 タオルで汗を拭いながら、一年生がやってきた。

 富田雪乃は立ち上がり、私に視線を送る。


「もし一緒に帰ってくれるなら昇降口で待ってて」


 そう言って、後輩とコートに戻っていった。

 私と話してみたいと思ってる人がいることに驚いた。

 学校では蒼空以外の人をずっと避けてきたし、話しかけらても、一言、二言で会話を終わらせていた。

 だから一年生の夏前には、蒼空以外に話してかけてくる人はいなくなった。


 一体何を話したいんだろう? 

 なんで私なんかに興味を持ったのだろう?

 何度も考えたが分からなかった。

 でもこれで彼女との接点が生まれる。

 とりあえず第一関門は突破だ。


 練習が終わり、顧問に挨拶したあと体育館を出た。

 富田雪乃に声をかけようと思ったが、後輩に囲まれていたため、何も言わずに昇降口で待つことにした。


 待っている間、ソワソワして歩き回った。

 結局何を話していいか分からないままだ。

 他の人は何を話しているんだろう? 

 蒼空とはどんな話をしていたんだろう?

 考えれば考えるほど緊張して頭が回らなくなる。


 好きな人のことを聞きたいが、いきなりそんな話をするわけにもいかない。

 マッチングアプリで会う人は毎回こんな苦境に立たされているのだろうか。

 私からしたら出会い系アプリではなく修行系アプリだ。

 初めて会う人間と話すことなんてない。

 なさすぎて、「最後にレーズンを食べたのはいつですか?」とか聞いちゃいそうだ。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 とりあえずバスケの話は聞いておこう。

 好きな選手を聞いても分からないから、好きなドリブルを聞こう。

 いや、好きなドリブルって何だ。食べ物みたいに言うな。

 そうだ、好きな食べ物を聞こう。

 よし、一個増えたぞ。


「藤沢さんごめん。待たせちゃったね」


 制服姿の富田雪乃が駆け足でやってきた。

 私はまだ心の準備ができていない。


「じゃあ帰ろうか」


「うん……」


 聞こえるか、聞こえないかぐらいの声をこぼして、私たちは校舎を出た。


 *


 沈黙が降り積もる。

 学校を出てから五分、会話が途切れた。

 最初は富田雪乃がリードしてくれており、


「寒いよね」

「バスケ見ててどうだった?」

「休みの日は何してるの?」

「進路ってもう決めてる?」


 など、いくつか質問を投げかけてくれた。

 だが、全国陰キャ協会会長の私は、


「うん」

「面白かった」

「特に何も」

「まだ決めてない」

 

 と、進行を遮断するような返答しかできず、会話は冬を迎えていた。

 

 蒼空といるときは何も考えずに話すことができた。

 それは受け入れらているという絶対的な信頼があったから。

 私がどういう人間かを知っていたし、蒼空がどういう人かも分かっていた。

 だから意味のないことも言えたし、沈黙だって怖くなかった。


――うざい


 あの一言が他人との会話のブレーキになる。

 もしまた同じように思われたら……

 そう考えると無意識に会話を途切れさせてしまう。

 もう五年も経つのに、未だに過去が手を離してくれない。

 多くの人はそんなこと忘れたらいいのにと言うだろう。私もそう思う。

 でも、一度ついた恐怖心は中々拭うことはできない。

 蒼空もそれを理解してくれていた。

 だけど、このままではダメだということも言っていた。

 自分でも分かってる。

 分かってるけど、その一歩が踏み出せない。

 臆病すぎて自分で自分を嫌悪する。


「蒼空がね、よく藤沢さんの話をしてたの」


 沈黙に足跡をつけるように、富田雪乃が言葉を発した。


「二人で話してるときも、必ずと言っていいほど藤沢さんの名前が出てくる。だからどんな人なんだろうって思ってた」


「蒼空は私のことなんて言ってたの?」


 シンプルに気になる。


「藤沢さんがどんな本を読んで、どんな音楽を聞いてるのか。あとは……昨日はこういう会話をしたとか、ツンデレをしたいけど下手なこととか」


 最後のは余計だ。

 でも他人との会話で私の名前を出してたのは初めて知った。


「色々聞いてるうちに、私と似てるのかもって思った」


 全然似てない。むしろ正反対だ。

 鎧を身に付けたおじいちゃんと、おじいちゃんを身に付けた鎧くらい違う。


「だから藤沢さんとなら、話せそうだなって」


 富田雪乃は夜空を眺めながら白い息を吐いた。

 どこか憂いた目をしながら。


「私との共通点は人間ていうところだけで、あとは比較にもならない。みんなから慕われてないし、勉強も普通だし、運動もたいしてできないし、優しさなんて一ミリも持ちあわせてないし、誰かの相談なんて乗れないし、綺麗でもない。私なんて道端のゴミと同じようなものだから」


 自分で言って悲しくなった。ここまで卑下する必要はない。

 でも相手が富田雪乃なら実際の私はこれくらいの存在だ。


「全部作り物だよ。私はそんな自分が嫌い」


 吐き捨てるように言った言葉にどんな意味があるかは分からなかったが、その言葉に富田雪乃という人間の本心が隠れているような気がした。

 蒼空も開けなかった扉の鍵がそこにある。

 なんだかそう感じた。


「なんてね。そうだ、この間ね……」


 誤魔化すように笑ってバスケ部の話を始めた。

 何かを取り繕うように饒舌になる彼女は、自分で吐き捨てた言葉を、自分の言葉で埋めているようだった。


 *


 富田雪乃の家とは反対方向だったので、私たちは駅のホームで別れた。


「また明日ね」


 笑顔で手を振る彼女に、私も小さく手を振る。

 今日は少しだけ進展した気がする。

 まったく接点のないところから、一緒に帰るというところまで近づけた。

 でもほとんど話せなかった。

 好きな人のことを聞き出さなくてはいけないのに、このペースでは一生聞き出せない。

 蒼空との約束には期限がある。その間に必ず叶えたい。

 そのためにはもう少し関係を築かなければ。


 でも他人と深く関わるには、過去と向き合わないといけない。

 新しい傷を作らないように生きてきた私にとって、逃げることは自分を守るためでもあった。

 ただでさえ過去の傷が残ってるのに、これ以上傷を増やしても苦しくなるだけだ。

 なら痛みを伴いながら進むより、立ち止まって過去の傷を眺めながら生きるほうが楽。


 いつからかそう思っていたのかもしれない。

 変わらなきゃいけないときは必ず来る。

 それは自分でも分かっていた。きっと蒼空も。

 だから私を選んだのかもしれない。

 新しく世界との結び目を作るために。


――勇気って、前を向こうとした人だけが掴めるものだよ。


 蒼空の言葉が頭によぎる。

 ずっと過去に背中を見せてきた。

 でも振り向くときが来たのかもしれない。

 明日、自分から声をかけてみよう。

 ほんの少しでも前を向けるように。


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